第9話
あいつの手を握った時、気付けばよかったんだ。
武術経験者に比べて手が柔らかかったことに。
恐るべきスピードで僕の既成概念がアップデートされていく。
まるで次々発表される新しいアプリに対応しなければならないパソコンのCPU並みに僕の意識は変化していかなければ、この超自然現象、摩訶不思議に対応できない。
僕は尻もちをつきながら混濁しそうな意識を整理する。
まず・・
――松本はどこにいるんだ?
――次にこいつがどうして関連してるんだ?
――いつ、どうやってここに来たんだ?
――最後にじゃこの場所は一体?
いや・・
まずは目の前の事実に目を背けてはいけない。
僕は腰を上げて立ち上がるとまずはこの斜め向きに突き刺さる視線を受け止めた。
そう、斜め向きの視線。
「何であんたがここにいるんだ?」
僕は眼鏡の奥から突き刺さる視線を言葉で打ち返した。
打ち返された言葉にたじろぐことなく相手も余裕ある表情で言葉を返す。
「あんた達をずっと地元からつけてたの?分からなかった?」
斜めに人を見て笑う。
お前ぇ・・
人を斜めに見んな!!
「地元からずっとだと?」
そこで、はっとした。
じゃぁ・・もしやあの松本と待ち合わせた駅近くのカフェで感じた視線と言うのは・・
こいつだったのか・・?
ゴクリ・・唾を飲みこむ。
何とも言えない恐怖を感じた。
今感じた恐怖というのは殺されるとか、拷問にあうとか肉体的なことに対して感じるものじゃなく、こう・・なんか、未知なる存在に出会ったということに対する恐怖だ。
何者なんだこいつ・・
そう言いかけそうになるのを心で押さえた。
まずは聞くことがある。
「松本はどこだ?ここに居た筈だ!!」
「松本?あぁ・・あのおチビ?」
眼鏡の奥でほくそ笑む。
「そ、そうだ、松本だ。どこにやった?」
やつが指差す。
ん?
僕は指さす方を見る。そこには床に転がるひょうたんが見えた。
なんだ?この野郎・・
あのひょうたんがなんだって言うんだ!!
「あれ・・拾ってきたら。あそこにあなたの大事なお仲間さんがいるんだから」
「はぁ・・?」
眉間に皺を寄せる。
「何言ってんだ、あんた・・頭がおかしいんじゃないの?何だって・・松本が・・あんなひょうたんの・・」
中に・・、と言おうとしたが有無を言わせず走り出してひょうたんを拾い上げた。
――ひょうたんの中に人が入れるはずがない
――それが常識ならば・・
――しかし、今は・・?
――非常識なリアルな世界!!
ここまで一瞬に意識が加速してひょうたんを拾いあげた。
「おい!!おい!!松本、いや松本さん・・そこにいるのかぁ?」
僕はひょうたんに向かって叫ぶ。
その声に反応するようにひょうたんの中からトントンと音がした。
松本・・いるじゃん
この斜め野郎・・
僕は振り返る。
するとそこには眼鏡をかけた女ではなく、長いウエーブのかかった髪を揺らして整った顔立ちの知性に溢れた女が立っていた。
「な、何だ・・お前?誰?」
思わず驚いて声を荒げる。
ふふふ、と笑う。
「いえね、もう変装用の眼鏡も真面目臭さを出すために縛った後ろ髪も不要かな。もう窮屈で窮屈で・・たまんなくて。こんなダサい格好」
そう言うと眼鏡を投げ捨てた。
えーーーー!!
こいつがマジさっきのアイツ???
こんな時に不謹慎だというのは分かっている。
分かっている・・
しかし
一瞬でマジ僕は目を奪われた。
こいつ・・綺麗じゃん・・
やばっ!!
頭を激しく振る。
見ればいつ手にしたのかひょうたんをぶらぶらさせている。
ひょうたん・・こいつが危険だ
「ああ・・これ、ご存じない?西遊記と云う物語に出て来る魔王、金角、銀角が持っている呼びかけた相手が返事をすると中に吸い込んで溶かしてしまう瓢箪、紫金紅葫蘆」
知らん・・そんなもん
その難しい名前のひょうたんをぶらぶらさせて、にやにや笑っている。
トントン、ひょうたんから音がする。耳を澄ますと松本の声・・
(((こだま君、こだま君、油断した。いいかいこいつは魔道具だ。アイツが言ったように西遊記に出てくる危険なものだ))))
危険なもの??
(((名前を呼ばれるとひょうたんの中に吸い込まれてしまうから!!注意して下さ)))
名前を呼ばれたら?
僕は頭がクエスチョン?になった。全く何のことか分かんない。
「おい!!こちとら西遊記なんざ、見たことも読んだことも無いんだよ。何、すまし顔で笑ってるんだ。そんなものを見たり読んだりするぐらいならネットで他の動画見てる方がましだ。何が名前だ!!あんた聞くがな。僕の名前を知ってるって言うのか?」
唯の図書館のカード係のくせに!!
それにあそこのカードは番号しか書いてない。
個人情報保護ってやつだ!!
「あんた・・馬鹿じゃない。そんなに早く私と決着つけたいわけ??」
肩を揺らせて高らかに笑う。
「じゃぁ、言ってみろよ。知ってるなら」
啖呵を切った。
――その刹那
僕の身体は一気にひょうたんの中に吸い込まれていった。
あ、あれれ???
僕の思考が停止した。
なんで?
だって僕一度もあいつに自分の名前を見せたこと無いし・・
真っ暗なひょうたんの中で僕は困惑する。
「あんた・・・本当に馬鹿よね。あの図書館のカード作る時、申込書に自分の名前を書いたじゃない。カードが番号しか書いてないとしてもそれぐらい後で誰かが見りゃ分かるって」
僕はひょうたんの中でドンドンと叩く。
待て!!
まだ聞いてないことがあるんだ。
――こいつがどうして関連してるんだ?
――いつ、どうやってここに来たんだ?
――最後にじゃこの場所は一体?
教えろ!!
この斜め野郎!!
ドン!ドン!!
ドン!!
「駄目よ。教えてあげない。だってあんたらここで死ぬんだから、もうそんなこと必要ないし」
え?
死ぬ?
それってリアルに?・・・・
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