第43話


 

 ちわ?


 ちわ、ちわわ?


 僕は断裂していく意識の中で男の声を復唱した。

 何が、ちわ?何だろう。


 だがその「ちわ」のおかげで、僕にのしかかる圧力が消えた。おそらく猪熊もその声に反応したに違いない。

 

 何だろう。


 そう思った。


 そういえば・・高田って?


 僕はぐったりしながら、その「高田」を懸命に探す。


 高田・・

 

 高田・・・・・、


 高田・・・、


 ん、高田????


(高田だって???)


 僕は顔を上げた。膝を抱えて気力を振り絞りながら、僕は立ち上がる。

 みれば傘を差した男が見えた。

 さっき見た作業着で男が立っていた。

 どこか呆然としている。

「あっ、猪熊さん、ちわっす。いやーさっき山門の側で気絶して倒れていたんですが、三上さんも居なかったので帰っていたんです。そしたら急に目の前が明るくなって・・いきなりこの正慶寺の門を潜ってまして・・不思議ですよね。何か、召喚されたみたいな感じですよ」

 言うと猪熊の方を見て笑った。

「召喚されたみたいだと?」

「ええ、何かいきなり自分が歩いていたところとは違うところからいきなりこんな場所に来ちゃったんですからね」

 また先程と変わらぬ声で笑う。

 訝し気に猪熊が見る。

「おい、高田」

「何でしょう?猪熊さん、そう言えば上半身裸で何してんすか?」

 言うや、いきなり高田の身体が吹き飛んだ。

 その場に傘だけ残して。

 僕には見えた。

 高田の身体が凄い速さでくの字になって横っ飛びになったのが!!

 


 ずるるるるるぅううっっつつつ!!!

 激しい音が響いて、ポンと音が飛んだ。

 高田がそれに合わせて地面に引っ掛かって空に飛んで、地面に落ちた。

「ぁぁあ!!おい、あんた。仲間だろう!!」

 猪熊に言いう。

 じろりと僕の方を見た猪熊が言う。

「可笑しいでしょう?そう思いませんか。いきなり山門を歩いていたら、この正慶寺に現れた。それも理由も分からず・・召喚された気分だって??」

 

 召喚・・ごくり。


「こだま君。あなたの仕業じゃないでしょうね」

 どこか暗い眼差しで僕を見る。


 怪しんでいる眼差しだ。


 僕は膝を摩る。傷に雨水が入りこみ、激しく痛み、顔を歪ませた。


「膝が痛みますか?でも・・もうそれも楽にしてあげますから」

 その言葉で見えない圧力が背中にかかり再び地面に腹ばいになる。それで水たまりに引き込まれていく。


 ずるっずるっ・・


 やっ、止めろ!!


 僕は再び、引き込まれていく力に抗いながら叫んだ。


「おい‼!高田、高田さん、目を覚ませ!!おい、おい!!」


 ずるっずるっ・・


「君が高田を呼んでも無駄ですよ。今頃もう彼は死線をさ迷っているのですから」


 死線を・・だって??

 じゃぁ・・それは


 ――ピコーン

 #生命異常状態発生、

 これより本体の緊急保護をおこないます


 無機質なデジタル音声が流れて来る。


 ――ピコーン

 #生命異常状態発生、

 これより本体の緊急保護をおこないます


 僕は圧力に抗いながら、なんとか希望を掴もうと顔を上げた。

 するとそこに突然大きな重力場が現れた。

 突然現れた異常な光景に猪熊が目を見開く。僕は圧力の消えた場所に立ち上がった。


 そう、やっと召喚されたんだ。


 悪魔王バエルが。

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