第44話

 身体が引きこまれそうな強力な重力。

 その中で大きく首をもたげてこちらを見ている顔を見た時、魂を絶望の淵に引きこもうとする存在が神々しく見えた。

 それはやがて大きな冠を頭に掲げた老人とカエル、猫になりゆっくりと倒れた高田の上に現れた。

 蝙蝠の翼を大きく広げるとゆっくりと羽ばたかせて、静かに僕の側に降り立つ。

 零れ落ちそうな黒い昆虫のような塊が後に続いて静かに降り立った。この塊は王に従う六十六の軍団。

 その向うに猪熊の姿が見えた。

 悪魔王の姿を凝視している。


(猪熊・・見たか・・)


 僕は心の中で唾を吐きながら言った。


(こいつで・・イーブンに持ち込んだ・・)



 悪魔王が言った。

「余は東方を統べる六十六の軍団を率いる悪魔の王である」

 僕を見ている。

「お前は誰だ?何故、私を召還した」


 へっ?


 いやいや・・あの時の


「余はお主を知らぬ」

 悪魔王が言う。

「不遜なり」


 言って、目をカッと見開いた。

 それで僕の身体が浮かびあがる。その身体にあの黒い昆虫のような塊が這い上がる。

 僕は一瞬で黒い塊に包まれて、空中にぶら下がる黒い蚕の繭ようになった。


 ど、どういうこっちゃ!!


 黒い繭の中でもがく。


「不遜なる人間をこれより処分する」


 えっ?


 えっーーーーー??!!


 待て!

 待て!


 これって

 元の木阿弥って状態じゃない??


 笑えん!!


 僕は激しく身体を動かし、叫んだ。

「聞いてくれ、悪魔さん。聞いてくれ!!」

 嘆願する。

「何だ?」

 老人の声が響く。

 カエルがゲコゲコ、猫がにゃーにゃ―と鳴く。

「今、大ピンチなんだよ。僕が・・っていうか、松本が」

「松本?」

 言って間が開く。

「誰じゃそいつは?最近物忘れが悪くなって・・いかんのう・・年寄りは」


 じじぃ!!


 心で舌打ちして叫ぶ。


「誰が爺(じじ)ぃじゃ」

 悪魔王の声がして、ぎゅーと黒い塊が圧をかけて来る。


「あーー!!違う違う!!あ、悪魔王様、間違い間違い!!今の無しで!!」

 必死に叫ぶ。

「すいません。今必死なんです。あの悪魔王さんを崇拝している松本、高田の二人がピンチなんです。見て下さい。二人共重傷なんです」

 必死の叫びに反応したのか、少し圧が弱くなる。

 二人を見ているのだと思った。

 僕は畳みかけるように言う。

「見てくれたでしょう。ほら、二人がノックダウン、それも意識なくやばいんですよ」

「それがどうした?それが余にどんな影響があるというのだ?」

 カエルと猫が共に鳴く。

「い、いや・・つまり・・つまりですよ。悪魔王バエル様を信じている、それも心の底から敬愛している二人がもし・・このまま死んでしまったら、どうなります?高田さんが整備している田んぼが無くなり、おたまじゃくしが育たなくなり・・」

 びくっと黒い塊が反応する。

 カエルがゲコゲコと小さく落ち込む様に鳴く。

「高田も松本も愛猫団体で猫を保護できなくなりますし・・」

 猫がにゃぁああと力なく鳴く。

「それに・・」

 

 悪魔王が聞いている。


 分かる。


「福祉センターだけでなく、社会の沢山の老人を大切にする大事なお二人を失います。それは悪魔王様の六十六の軍団にも匹敵する損失でございませんか??!!」

 最後は大声で絶叫した。

 しばし無言の時が流れる。

 雨音だけが耳に聞こえた。

 太い雨粒の滴の中に交じって地面に落ちた小さい雨粒のはじける音が僕の鼓膜に響いた時、僕はゆっくりと地面に落ちて行くのが分かった。

 地面に着くと僕の身体を覆った黒い塊がゆっくりと離れていく。それは悪魔王バエルの元へと戻って行った。

「全ては高田の意識の断片より知っておる」

 蝙蝠の羽根を閉じて老人が言った。

「聞こう、魔術師松本の弟子、こだまよ。余は東方を統べる六十六の軍団を率いる悪魔の王バエルである。貴公の召喚に応じよう」

 僕は喜色を浮かべた。

「願いを言え」

 僕は力強く言った。

「悪魔王バエル。願いは一つ。敵をせん滅せよ」

 ひょーひょひょひょひょ


 悪魔王が高らかに笑った。

「承知」

 低い声で悪魔王が言い放つ。

 その時、ふと悪魔王が僕を見て口元に微笑を浮かべたのが見えた。



 さぁ

 いよいよ、最終ラウンドの決戦だ!!

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