第17話

 ドンブリ底に浮かぶ自分の顔はさぞ驚いているだろう。

 そう思って一気に残り汁を飲み干した。


 招かざる客


 はっきり言える。


「お疲れさん」

 そう言ってスキニータイプのズボンを着た細身の影が座敷に座り込む。

 僕も松本も何も言わず、こいつが座るのを見ている。

 白いシャツに長い髪が触れている。

「ラーメンさ、頼んだからさ。悪いけど・・・食べ終わるまで付き合ってくれる?」

 長い髪を後ろに束ねながら言う。

「麺類食べる時はさ、髪束ねないとね」

 綺麗な顔して言うのが少し腹立たしい。


 この斜め野郎、大阪に帰ったんじゃないのか!!


 きっと睨む。


 そんな僕を見て言う。

「やだねぇー、そんなに睨まれちゃ。美味しものを食べる気になれないじゃん」

 


 何が美味しいもんだ・・よく言える。

 僕等を殺そうとしたくせに


「よく言えるよ、あんた」

 鋭く言う。

「そう?」

「当たり前だろう?僕達を・・あんな目に遭わせて」

 最後の方は口調を弱めて言う。ここで殺されかけたとかなんて大声で言えっこない。

「あーそうね。やっぱり仁王像で簡単にしておけばよかったわ。こんなに嫌味を言われるのなら。まだ幽霊の方が静かで良いし」


 はぁーー?


 僕は怒気を含みながら心で唸る。

「まぁまぁ、それであなた名前は?」

 彼女が松本を見る。

 しばし無言。

 その沈黙を松本が破る。

「いえいえ、大丈夫ですよ。あのひょうたんの魔道具何て持っていないですし。それにあれって・・普通のひょうたんにあなたが油でルーンを書き込んだんでしょう?あなたは魔女のようですから、それぐらい簡単でしょうし」

 ふぅん~、と小さく頷きながら松本を指差した。

「あんた松本さんだよね。うちの代表が言ってたわ。なかなか曲者らしいって」

「とんでもない。そちらの代表なんて知らないですよ」

「ほんまに?」

「ええ、誰です?」

 松本が笑いながら言う。

「猪熊って言うんだけど、松本さん会ったこと無いの?」

「無いですよ、皆無です」

「・・なんだ。知らんかったわ。あっちは松本さんの事は知っているみたいだったけど」

「そっすか。この前電話口で言われましたけど・・全然誰だか見当がつきませんでした」

「そっ、まぁいいわ。私はね三上・・、三上麗奈。宜しくね、松本さん・・あとこだま君」

 うふ、と笑う。


 ・・・

 その笑顔を少し良いなと思った僕は駄目な奴です


 許してください。


 ごほっ

 ごほっ・・


「それで、三上さん。よくここが分かりましたね」

「そうね」

 笑っている。

「まだ、分かんないんだ」

「そうなんです。分からないんです」

 そっか、そう言うと僕の方を見る。

「こだま君さ、リュックは?」

「リュック?」

「そ、魔術書見せてよ」

 訝し気に彼女を見る。


 いいのか、こいつに見せて。


「こだま君、良いじゃないですか。彼女に」

 松本が言う。


 そうか、松本が言うのなら・・


 僕はリュックから魔術書を出して、テーブルに置く。

「松本さん。答えだけどね」

「はい」

 彼女が魔術書の背表紙を指差す。

「そこに図書館の分類シールがあるでしょう。それね、私がルーンを書き込んだのよ、貼っている接地面に。だからこいつで調べれば一発で場所が分かるのよ」

 アプリの画面を僕等に見せる。


 ナビゲーションになっていて、赤い印に青印が重なっている。


 おそらく赤は魔術書の位置。

 青はこの三上


「ほー・・そうでしたか。それで場所が分かったわけですか」

「そう言うこと」

 言うや否や、彼女が分類シールをはぎ取った。

 それを見て僕等が驚く。

「何を・・???」

 彼女が丸めてくしゃくしゃにするとズボンのポケットに入れた。

「もう、要らないしね」

「要らない?」


 それは?


「あー、もうね、私飽きちゃって。この件からは手を引く。まぁ戦線離ってやつね」

「手を引く?」

 

 オマェ・・

 さっきまで俺達をひどい目に遭わせておいて・・

「どうしてです?」

 松本が彼女の顔を伺うように見る。

「さっきさ、このアプリで魔術書が動くのが分かって、あ、何かあったなと思ってさっきの場所に戻ったら、高田が正気失って伸びたままで寝てるし」

 ふぅん~、鼻で息をしてから言った。

「それでわかったんだよね。仕留めそこなったということ、だからいま生きてここにいるじゃん・・・。と、言うことはさ、私の正体分かったわけでしょう?私だってさ、これから普通に仕事があって生活があるのよ、だから変なことで警察とか密告されて厄介になりたくないのよ」

「それはつまり・・?」

 松本の問いかけに人差し指を上げて振る。

「つ、ま、り。つまりさぁ・・・ここであんた達と休戦して普通に生活をしたいわけ。だってまだデートとか美味しいものとか・・色々食べたいし。それに何よりも沢山知識を学びたいわけなのよ」

「つまり休戦協定ということですか」

「そうね。まぁ和議ってやつかな?いいでしょう?」


 ちょっと身勝手過ぎないか??


 呆れた顔して斜め野郎を見る。

「でもいいんですか?三上さんのところの代表、ボスは?」

「良いんじゃない?だって元々私あんまり反りが合わなくてね。いい機会だわ。実はさっきメールしておいたの。『やめまーす!!』てね。何が『真の地球』だか!!」


 い、いろいろあるんやな。

 魔女にも

 人生いろいろ

 個性いろいろ。



「まぁそれならいいですけどね。そちらさえ良ければ」

「じゃぁ休戦ってことで。和議成立。はい、握手」

 差し出された手を僕らは互いに顔を見合わせて、苦笑いをしながら彼女の手を握った。

 するとタイミングよく大将がラーメンを持ってきた。

「良いタイミング。丁度お腹減ったとこだから」

 勢いよく割り箸を割る音が聞こえたかと思うと、一気にラーメンをすすり出す。

「うわっ、うまいはこれっ」

 言ってからズルズル音を立てる。

「うまいでしょう?」

 大将が言う。

「うん、うまい」


 ――ありがとうございます


 言って大将が席を離れた。

 

 すると彼女が僕等を見て言った。

「それでさ。休戦したんだから、ハンドルの事言っとくわ」

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