第58話 最終話

 夏空に浮かぶ気球が幾つも見える。

 赤色、オレンジ色、黄色、緑色、色とりどりの気球が青空のキャンバスに色付けしてるみたいだ。

 バイクに寄りかかっていると風が吹いた。

 その風を追うように緑の稲穂が靡いて、風が去って行った道を僕等に見せてくれる。


 ――そう、僕等とは

 それは僕とイズルのこと。

 

 屋久島から帰って来た今日、僕等は正慶寺に向かい預けていたバイクを取りに来た。

 出迎えた寺の住職は何も言わず、僕に鍵を渡してくれた。

 ただその時、一言

「息子が助けてもらいました。感謝します」

 それだけ言った。

 僕はそれには何も言わず、笑顔でバイクに跨りイズルを後ろに向けて緑の穂が靡く田園の中を走り去った。


 息子・・ねぇ


 僕はヘルメットの中で微笑む。

 屋久島でイズルの看病をしていると、、松本からLINEが来た。

 内容はこうだった。

 

 高田さんは無事回復傾向、


 雷を受けた猪熊は奇跡的に一命をとりとめた。

 ちなみにあの河童も病院に運ばれてきたがこちらは奇跡的に軽傷で済み、退院したとのこと。退院の際、松本の所に挨拶に来てすいませんと言ったらしい。


 自分は河童でも何でもなく、あまりにも回りの連中が似てると言いうものだから調子に乗って、そのうち地元の先輩で正慶寺の一人息子の猪熊の言う悪ふざけに乗ったそうだ。

 それは軽く驚かす程度だったけど、そしたら知らないうちにあれやこれやとなんか精神がおかしくなり、本当に自分が河童だと思い込むに至ったそうだ。

 最後に松本に言ったのは、これからは大好きなロードバイクに打ち込んで、将来はロードレースに出れるように頑張ってみるとの事だ。


「こだまぁ・・ここ西脇って美しいとこやなぁ、ちょっとこの風景は大阪には無いわぁ」

 

 うん、そうだな


「うちなぁ、前にマウロと遊びに来た時、河童をここで見たけど河童ってさぁ、澄んだ水の所にしか棲めないらしいよ」

 背中越しにイズルの声が聞こえる。

 

 そうだね


 マウロ、彼はやはりイズルの事が好きだったらしい。でも 僕が病院を訪れた時、隠れるように僕等を見ていたらしい。

 それを見て、思ったそうだ。

 失恋したと。

 

 マウロは結局その後、僕がいる間は姿を見せなかった。

 屋久島を離れる日、イズルにラインを送ってきたそうだけど、その内容をイズルは僕に話してくれなかった。


 それでいい。


 マウロの気持ちを思えば・・、

 そしてそれを受け取ったイズルの気持ちを思えば何も聞かず、言わないことも大事なことなんだ。

 

 ただ屋久島を去る時、僕に言った。

 それは僕に対する優しさがさせたのか、マウロへ対する彼女流の優しい別れ方なのか。

「こだま・・、マウロなぁ、屋久島の自然が気に入ったんで大学中退してここに住むんだって。ここの自然環境ガイドとして頑張るって。だからまた近い将来二人で来て欲しいって」

 寂しさが混じる彼女の声が屋久島を去る時に残した言葉。

 

 それ以上何も聞かないよ、僕は。

 君も何も言わなくてもいい。

 

 屋久島を離れて行くジェット機の翼にかかる互いの気持ちは、いつかいい思い出になるよ。


 悪いな

 マウロ・・


 僕はバイクの速度を落として止めるとスマホを取り出して「ある言葉」を書いた。


 そしてそっとイズルに触れる。

 スマホが輝き魔術が発動した。



 ーーこの魔術が何か?


 僕はそれを思うと心の底から笑った。

 

 バイクは進みだす。


 速度を上げて。


 僕はアクセルを吹かす。バイクが勢いよく進んで行く。

 やがて高速の入り口に向かい、料金所を抜けた。

 一直線に伸びる高速道路、僕等の進行方向には一台も車が見えない。

 両側に美しい西脇の山並みが見え、僕等の側を流れて行く。

 美しい田野を守り続けようとした仁王像兄弟の声が聞こえそうだ。

 

 悪魔王は言ったよ、僕に。

 神は再び生まれると。

 それは人間が信仰を失うことはこれから先も絶対無いということを言いたかったんだ。

 これから未来に向かって科学が進歩して文明社会が豊かになっても人間はきっと心の平穏を願う時が来る。

 否定しちゃいけないよ

 それは、

 悲しい時

 苦しい時

 寂しい時

 絶望の時

 そんな時、人間はきっと神と対話したくなる。


 何故か?


 分かり易くいえば、

 すがりたいから。


 科学は全てを解明するかもしれないけど、でも科学ではきっと解明できないことだってあるだろう。


 皆だって

 心の中にさ、

 きっとそれを感じているはず。


 高速の標識が見えた。


 ――左は大阪

 ――直進は徳島


 僕はウインカーを出して道を決める。


 #こだまぁーー、どっち行くん?

 

 イズルの声がヘルメットの中に聞こえる。僕は言った。


 #直進。徳島へ


 #徳島ぁ??


 驚くイズルの声。


 #うん、イズル。君にさぁ、海を見せたいんだよ。


 #海ぃ?まじ―ぃ??


 僕は頷く。

 長いトンネルに入って行く僕と君を乗せたバイク。この長いトンネルを抜ければ、明石海峡大橋だ。

 そこから大きな橋梁を抜けながら潮風に吹かれて、大きく広がる海を見ようよ。


 #約束だったろ、バイク取ったら連れて行くって、約束を叶えるよ


 #うっそー、うち、めっちゃ嬉しい!!


 トンネルの終わりが見える。段々僕等の目の前に広がる青い空。

 

 僕は感動してる。

 もう人生でこれ以上の夏は来ないだろう。


 きっとケイタも驚くだろうな、

 だってバイクに乗っていきなり、彼女を連れて来たなんて!!


 トンネルの天井の壁が吹き飛んだ、そう思いたくなるくらい輝く夏空が急に僕等の頭上に輝いた。

 白く輝く大きな橋の橋梁が見えて、美しい海が見える。


「見えた!!海!!」


 イズルの声が風に流れて僕に届く。


「幸せやわ・・うち、ほんまに幸せやわ」

 背に寄りかかって呟く彼女の涙交じりの声に僕は思う。


 言葉には奇跡を起こす力がある。


 それは何も特別な言葉だけにあるんじゃない、普段話している僕等の言葉にも奇跡を起こす力があるんだ。

 それらは全てが全部神の言葉であって、人間の言葉なんだ。

 言葉に神も人間もない。

 僕は松本から送られたLINEに返信したんだ。


 何も特別な言葉だけが魔術になるんじゃなくて、本当は全ての言葉に奇跡の力があるんだよね?って

 だって言霊(ことだま)っていうぐらいだから。


 彼からは返信は無かったけど、代わりに写真が送られて来たんだ。

 それにはベッドに寝てる猪熊さんを囲んで松本、三上さん、河童に高田、オールキャストでピースだ(笑)


 敵味方関係ない集合写真!!


 笑うしかないよ、

 そんな写真ある??


 あっ、

 見ろよ

 カモメが空を飛んでいるよ、イズル。



 僕達の頭上を潮風に翼をはためかせ飛びながら、今、こちらを見た!!


 彼等も行くんだ、きっとケイタの所へ


 旅は道連れだ。


 さぁ行こうか、

 イズル、

 あのカモメの後を追って。


 何ならバイクをペガサスに変えて、澄み渡る青い空を飛びながら行こうか。


 笑ったね、イズル?


 うん、じゃぁ

 僕がさっき君にかけた

 魔術の詮索はやめよう。


 そう、

 イズル、

 僕は君が言った通り魔術師なんだ


 だから僕は君の為だったら

 なんだって出来るよ、


 僕はこれからのミレニアムを

 ずっと

 ずっと、

 君に魔術をかけ続けてあげる。



 だから

 僕の事を

 こう呼んでおくれ



 そう

 ミレニアムの魔術師とね






 





 


 

 





  


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ミレニアム(千年紀)の魔術師 日南田 ウヲ @hinatauwo

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