第12話

 ドン!!

 

 ドン!!

  

 ドンッ!!


 三度目の体当たりで窯の煉瓦壁が崩れた。噴煙立ち上る中、僕と松本は窯から転がり出る。

 頭に煤を被り、灰が服を覆う。

 ゲホゲホ、言いながらも僕は明るくなった世界に帰って来た。

 鼻と口の手で汚れを払い、思いっきり酸素を肺に吸い込み、大きな声を上げた。


「うおーーーぉおおおおお!!」


 それで拳を強く振つ。


「(よ)っしゃぁあーーーー!」

 

 絶対的死地を、いや絶対絶命を脱出したんだ!!


 

 ひょうたんの中で意識が朦朧とする中、松本から届いた言葉をスマホの画面に書いて、それを自分自に押し当てて魔術を発動させた。

 

 ――心頭滅却すれば火もまた涼し


 何も魔術はかまいたちのように外の世界へ発動する為にスマホからスワイプはフリックするだけじゃない。自分に向かって発動することもできる。

 既にそれは三宮でのイノシシたちとの戦闘で『ドッペルゲンガー』を発動させても学習済みだ。

 つまり僕達は燃え上がる窯の中で、魔術を自分達に発動させた。


 ――燃え上がる炎、

 こいつの熱さなど

 心頭滅却する精神を持ってすれば

 火も

 また涼し!!だ。


 後は熱で溶けたひょうたんが割れるのを待って身体が元に戻ると、勢いよく窯の壁に体当たりを繰り返し、ここに跳び出て来た。

 簡単な煉瓦造りだったのが幸いしたのは事実だった。

 もしコンクリートだったらあの中で何か対処方法を考える必要はあったかもしれない。


 だが、

 今は結果オーライだ。


 僕は松本を見た。

 服に付着した灰をバンバン音たてながらはたいている。

 しかしこちらを見た時、ニヤリと笑った。

(やったぜ!!)

 僕も思わず親指を立てて答えた。

 松本もそれに合わせてつぶらな目を細くして親指を立てた。


 ――その時だった。


「あーっ、お前ら!!」

 その声に僕は振り返った。

 男が立っている。

 見れば少し、小太りで作業服を着ていた。

 顔を見る。


 ん・・


 あれっ・・

 こいつ・・・・??


 僕の頭の中で記憶がシャッフルする。

 何かがざわつく。

 過ぎ行く時間が僕の心に映像を投影させた。


 ――会ったことあるよな??

 どこだっけ・・


 あ、そうだ・・


 こいつ・・


(あそこにいた・・)

 そう言いかけた数秒、影が素早く横切った。

 まるで猛禽類のような空から獲物を狙う素早い動き。

 言葉が音を伝わるより早く、男に影が襲う。

 

 松本っ!!


 思考がその影を松本だと認識した時、既に男は延髄に蹴りを見舞って、くらくらとゆっくりと膝から崩れ落ち、顔を上げたままドスンと音を立てて突っ伏した。

 男は白目を向いたまま、口から泡を吹き始めた。

 手にはスマホと何やら模型を持っている。

 松本を見て言った。

「見事な延髄蹴り、さすが武術家やね。一発で気絶してるし・・」

 僕は腰を屈めて、男の顔を見る。

「なぁ・・・こいつさ・・」

 松本が頷く。

「ですね。あの下道で僕達へこの道を回るよう指示したあの警備員ですよ。確か・・高田とか言ってましたね。グルだったんですね」

 僕は作業着を見る。確かにそこには高田と刺繍がされていた。

「でも何という・・計画性なんだ。どうやって僕達がここにいるのを正確に把握できたのか・・謎や」

 僕は男の手にしているものを見た。

「これ・・何だ?」

 模型を指差す。

 松本が神妙な顔をして見つめている。

「これは・・魔界ジオラマですね」

「魔界ジオラマ?」

「ええ、まぁプラモデルですよ、ほら・・よくお城とか戦車とか戦闘機とかプラモデルで売っているでしょう。その中で特に建築物とかに魔が吹きこまれる物を魔界ジオラマって言うんです。まぁさっきの仁王像のゴーレムも巨大プラモデルっていえば同じ類なんですが、あれは工芸品です。でもどちらにしてもこうしたものに『魔』を吹き込み発動させるにも術が必要です」

「つまり・・それは魔術ってこと?じゃぁ、あいつ・・あの斜め野郎はあんたと同じ魔術師ってこと?」

 

 マジかよっ・・!!


 松本が首を横に振る。

「いえ、違います。魔術師は魔術ギルドに参加している者だけですから、彼女は違います」

 松本が魔界ジオラマを手に取ると、上から下まで目を細めて何かを探している。

「魔術師はルーン言語で魔術書に書かれたものだけを『魔』として発動させることができるだけです。魔術書に書かれるもの、それは伝承、伝説に出てくるような摩訶不思議な現象や存在だったり、あとは神がその言葉の力を認めたもの・・例えば『かまいたち』や『ドッペルゲンガー』古くから伝わる諺や人間の精神が籠った言葉――心頭滅却すれば火もまた涼し、等です」

「じゃぁ・・さっきのゴーレムとかこの魔界ジオラマとかは?魔術師以外で誰ができるの?」

 松本が何か見つけたのかジオラマの下を注意深く見ている。

「それがさっき伽藍堂の床下で言いそびれたのですが・・」

 あった、と松本が言った。 

「こいつです。見て下さい。何かマークが油みたいな物で書かれているでしょう。これが『魔』を吹き込んだ魔法陣・・その横に乾電池入れとスイッチがあります。オンになってますね。へぇ・・今はこいつで作動させるんだ。エネルギーの取り込みが現代的ですね。昔だと動物の心臓に流れる電気だったのに」


 え、乾電池で動くん・・それ・・


 僕も覗き込む。

「魔法陣?ミレニアムロックみたいなやつ?」

 見ると、何やら円が描かれていて星みたいな形がある。

「ミレニアムロックみたいな高度で複雑な魔法陣ではないですが・・これはそれに似た簡易的なものです。無機物に『魔』を施した証ですね」

「で、それができるのが?」

 魔法陣を見つめながら問いかける。

「考えたのですが・・おそらくドルイドじゃないかと」

「ド、ドリルド?」

「ちゃいます。笑わかさないでください。『ド・ル・イ・ド』です」

「ドルイド?」


 何・・それ?



 


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