第49話 魔人対錬金術師 その2

 なぜ俺の名前を知っているのか。

 千年前に会っていたのだろうか。

 いやたとえ知り合いだったとしても、今の俺は若返っている。

 気づくとは思えないのだが……。


 だが、魔人は言う。


「やはり。……ルードヴィヒか。魔王様と同時期に転生してきていたのか」


 どうせばれているのなら、隠しても意味がない。

 むしろ相手の持つ情報を手に入れておきたい。


「……まあ、俺はルードヴィヒだが、魔王はどこにいる?」

「貴様には関係ないことだ」


 魔王の行方は気になるが、問い詰めても口を割ることはあるまい。

 別の情報を引き出すことにする。


「お前らも錬金術を身に着けたみたいだな」

「そうか。あいつを殺したのは貴様か」

「あいつ?」

「貴様らは、あいつのことを炎の魔人と呼んでいるのだったか?」


 そして魔人は深く頷く。


「ルードヴィヒが相手ならばあいつが負けるのも納得だ」

「なぜ錬金術を? お前らは魔法が得意なはずだろう?」

「貴様が。偉大にして至高の魔王すら屠った貴様がそれをいうのか!」


 魔王を倒されたことは、千年経ってもいまだ怒りおさまらぬことらしい。

 怒りの形相で叫ぶように魔人はいった。


 だが叫び終わると魔人は冷静さを取り戻す。

 そして、にやりと笑った。


「我らは錬金術をおそれた。それゆえ錬金術師を殺し続けたのだ」

「道理で衰退しているはずだ」


 錬金術師は閉鎖的。

 それゆえ高名な錬金術師を、技術継承の前に殺せば技術ごと消える。

 それを繰り返せば、人族から錬金術自体を忘却させることも可能だろう。


「まともな錬金術師が居なくなるまで五百年。人族が錬金術を完全に忘れるまで三百年だ」


 気の長い話。寿命のない魔人ならではの戦略だ。

 人族が錬金術を忘れるまで八百年。

 ということは、錬金術を忘れてから二百年が経過していることになる。


 二百年もあれば、寿命の短い人族は八世代から十世代は入れ替わる。

 錬金術師が詐欺師の代名詞となるには充分な時間だ。


「長い時間をかけて人族から錬金術を奪い去ったのに、貴様が戻ってくるとはな」

「運が悪かったな。ご愁傷さまだ」

「我らはかつてとは違う。魔法も錬金術も身に着けた我らに負ける要素はない」

「とはいえ、お前の錬金術の腕は大したこと無さそうだがな」


 俺の言葉を気にする様子もなく、魔人は嬉しそうに天を仰ぐ。


「魔王様。ルードヴィヒを倒す機会をお与えくださりありがとうございます」


 魔人はまるで魔王の敬虔な信徒のようだ。


「まるで魔王が神であるかのような態度だな」

「ふん。お前らには魔王様の偉大さはわかるまい」

「魔王を倒した俺は神殺しか?」

「……いい加減にしろ、魔王様を侮辱すれば許さぬぞ」


 だいぶ怒ってきたので、もう少し煽っておこう。


「それにしても、魔王はお前のことが嫌いらしいな」

「はぁ? 千年前から魔王さまの腹心だった我に何を……」

「到底勝てない相手をお前の前に用意したんだからな」

「……我に勝つつもりとは笑止千万」

「俺はその偉大な魔王に勝った男だ。お前如き下等魔人が勝てるわけないだろ」


 目の前の魔人は魔人の中でも強力な部類だろう。

 煽るために下等魔人とあえて呼んだのだ。

 だが、怒り出すこともなく、魔人は余裕の表情を浮かべた。


「賢者の石を持っていない貴様を恐れる必要などない」

「持っていないとなぜ決めつける?」

「持っているなら使っているはずだ。王都に魔物たちが向かっているのだからな」


 残念ながら魔人の予想は当たっている。

 賢者の石があったのならば、魔物千匹程度ぐらい大爆発を起こして一掃できた。


「魔王様の宿敵。ルードヴィヒを仕留める機会だ。我も出し惜しみするまい」


 そう言うと魔人は懐から赤子の頭ぐらいの大きさの物体をとりだした。


「悪名高きルードヴィヒよ。これが何かわかるか?」


 見間違えるはずもない。それは賢者の石だった。

 それも、千年前に俺が作った賢者の石だ。


「賢者の石を回収していたのはお前だったのか」

「ああ」

「炎の魔人のコアは、それを参考にお前が作ったのか?」

「ああ、その通りだ」


 魔人は得意げに語り始める。

 俺の作った賢者の石を少し砕いて、それを加工してコアを作ったらしい。

 話を聞く限りにおいて、それは錬金術というよりも魔法の要素が強かった。


 やはり魔人だ。

 錬金術の基礎は勉強したようだが、頼るのは魔法のようだ。


「そうか。それはそれは、ご苦労なことだ」

「貴様は賢者の石を持っていない。だが我は賢者の石を持っている」

「雑魚錬金術師が、それを持ってても宝の持ち腐れだ」


 そう俺は言ってみたが、、目の前の魔人は仮にも炎の魔人のコアを作ったのだ。 

 俺の賢者の石を加工したのだとしても、二流錬金術師にはできない芸当である。

 雑魚錬金術師ではない。一流錬金術師といえるだろう。


「貴様は知らぬだろうが、賢者の石は魔法の触媒としても優秀なのだ」


 千年前、俺の賢者の石を利用して魔王が転生の魔法を発動させた。

 確かに賢者の石は魔法の触媒としても優秀なのだ。


「千年かけて賢者の石は作れるようにはなったのか?」

「今から死ぬ貴様には関係のないことだ」


 魔人の表情と口調から判断するに、作れるようにはなっていないらしい。

 そう簡単に賢者の石を作れるわけがない。


 千年前、俺は当時一流の錬金術師たちに賢者の石の作り方を教えた。

 丁寧に手取足取り教えたにもかかわらず、作れたものはいなかったのだ。


 千年前の一流の錬金術師でもそうだったのだ。

 勤勉さとは程遠い魔人に賢者の石の作り方を習得するのは難しい。


「まあ、そりゃそうだよな。それにしても俺は幸運だ」

「はぁ?」

「なくした賢者の石が向こうからやって来たのだからな」

「お前如きに取り返せるわけがないだろうが!」


 そう言うと同時に魔人は魔法の詠唱を開始した。

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