第4話 熊の後始末

 護衛たちの驚きには気にせず、俺は呼びかける。


「魔熊はどうする?」

「……どうするっていうと?」

「このままだと魔熊は沈んで死ぬが、賞金がかかっているんだろう?」


 彼らが討伐の依頼を引き受けていた場合、俺が倒してしまえば横取りになってしまう。

 だから、とどめを譲るために沼を作って無力化したのだ。


 だが、護衛たち、そのリーダーらしき男がゆっくりと首を振る。


「君が無力化したんだ。魔熊の全ては君のものだ。全部任せるさ」

「討伐の依頼とか受けてないのか?」

「ああ。配慮ありがたい。だがな俺たちが受けているのは護衛の依頼だ」


 そういうことならば、遠慮しなくてもいいだろう。

 一文無しだから、賞金がもらえるのもありがたい。

 それに魔熊の皮や魔石は売れる。加えて肝などは錬金術の素材にできる。


「では、お言葉に甘えさせてもらおう」


 俺は空気中の水分を氷の槍にして、魔熊の脳天を一撃で破壊する。

 魔熊が息絶えたのを見て、リーダー以外の護衛たちのうち四人はすぐに動き出す。

 倒れている三人の仲間を治療するためだ。

 荷馬車からも人が三人ほど出てきて治療を手伝い始めた。


 倒れている者たちは軽い怪我ではない。

 だが俺の見たところ、命に係わるほどの怪我でもない。

 七人が治療に携われば大丈夫だろう。


 そして、護衛のリーダーともう一人は俺のそばに残った。


「何か手伝えることはねーか? 何でも言ってくれ」


 どうやら、俺の手伝いをするために残ってくれたようだ。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう」

「俺はトマソン。Bランク冒険者だ。よければ名前を教えてくれないか?」

「ルードヴィヒだ。ルードと呼んでくれ」

「ルードさんは命の恩人だからな。遠慮しないでくれ」

「もし手を借りたいときは遠慮なく言わせてもらうよ」

「……もの凄い魔法の冴えだった。長年冒険者をやってきたが、見たことねえレベルだ」

「それはどうも」

「しかも無詠唱とは」

「詠唱は戦闘時にはじゃまだからな」

「……ルードさんはものすごく高位の魔導師だったんだな」


 護衛リーダーは尊敬のまなざしで俺を見る。

 魔導師ではなく錬金術師だと言いたいところだが、誤解されても仕方がない。

 俺は今のところ錬金術でしか出来ないことはやっていないのだ。


「魔導師ではないのだが……。褒めてくれてありがとう」


 一応お礼を言ってから、俺は自分の筋力を強化する。

 そして魔熊の首を掴んで沼から引っ張り出した。


「よいしょっと。やっぱり重いな」


 今の肉体は若いが、俺は元々八十歳だ。

 一線で戦うには肉体強化が必須だった。肉体強化は慣れたものである。


「とはいえ、老人の肉体のつもりで強化すると……」


 一気に力が強くなりすぎる。

 慣れるまで少し弱めに加減したほうがいいだろう。


「ルードさん、すごい力だな。ここまで見事な筋力強化の魔法は見たことがない」

「そうか? 筋力強化の難度は低くはないが……」


 筋力強化は錬金術師にとってかなり難しい技能だ。

 だが、Bランク冒険者の錬金術師なら筋力強化ぐらいはできる。

 そして魔法でも筋力強化はできるが、難度が一気に高くなる。

 ベテラン冒険者のトマソンなら、筋力強化を見て錬金術師と気付いてもいいと思うのだが。


「王宮魔導師の閣下連中より、はるかに見事な魔法だ。しかも無詠唱」


 凄く感心してくれてはいるが、複雑な気分だ。

 魔法ならとても難しいが、錬金術ならほどほどに難しいだけだからだ。


「魔法でこれをやったのなら、そりゃ凄いだろうが魔法ではなく錬金術なんだ」

「……れん、……きん?」


 トマソンはきょとんとしていた。


 空気中の水分を氷の槍にしたのも筋力強化も俺は錬金術で実行した。

 氷の槍は形態変化。

 筋力強化は形態変化と形状変化の合わせ技だ。

 形態変化も形状変化も魔法で代用できる術。


 魔導師でも錬金術師でもない者が、術の難度について疎くても仕方がないものだ。

 だから、魔法で出来ることを錬金術でやると思わなかったのかもしれない。


 そんなことを考えながら俺は魔熊についた泥を洗い流して綺麗にする。

 虫よけの薬を錬金術で錬成して水に混ぜ、大量のノミやダニも一緒に洗い流す。


 あっというまに熊の死骸は綺麗になった。


「さすがに、手際がいいな」

「ありがとう。だが、ここからは魔熊を解体しないといけないのだが……」


 俺は解体用ナイフを持ってないのだ。

 錬金術で刃を作ることは出来る。

 だが、近くにナイフを持っている者がいるなら借りればいい。


「すまないが、何か刃物を貸してもらえないだろうか」

「ああ、解体用ナイフだな。それなら、このナイフがちょうど……」


 トマソンが腰につけていたナイフを取り出そうとした、まさにその時、


「おい! しっかりしろ!」


 治療していた者たちから、怒号が響いた。


「急にどうしたんだ!」

「トマソンさん! それが!」


 怪我をして倒れていた護衛たちの容態が急変したようだった。


「ルードさん、すまない!」


 それだけ言うと、トマソンは怪我人たちのもとに走る。

 俺も気になったので、魔熊を放置して一緒に走った。


 近くで改めて見ても、負傷した護衛たちの傷自体は重いが、命にかかわるものではない。

 適切に治療すれば助かるだろう。いや、助かっただろう。


 だが、その治療が良くない。

 ほとんど効き目のない薬もどきを塗って包帯を巻いていた。

 そこまではまだいい。


 だが、傷口を洗う水も包帯も不衛生なものだった。

 このままでは傷口から化膿して死にかねない。

 だからといって、それだけで容態が急変するとは思えない。


「しっかりしろ!」

「ぐはっ」


 治療されていた護衛の一人が口から血を吐いた。


「死ぬな! 今度子供が生まれるんだろう!」

「……俺は……もうダメだ」


 治療している者たちも絶望しているのか、涙を流していた。


「俺が治療しよう」

「ルードさんが?」


 護衛たちが一斉に俺の方をひきつった顔で見た。

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