第3話 人との遭遇

 初めて遭遇できた人族たちは、巨大な魔獣の熊、いわゆる魔熊に襲われていた。

 襲われている人族たちは七台の大きな荷馬車の一行だ。

 荷馬車の周囲は五人の護衛たちによって固められていた。


「熊か。厄介だな」


 俺は音を立てないよう接近しながら、口の中で小さな声でつぶやいた。


 熊は強い。そして、魔熊はさらに強い。

 基本的に人が勝てる相手ではない。


 優れた冒険者パーティー、少なくともBランク以上が必要だ。

 たとえBランクパーティーであっても油断できない相手である。


 それに俺が見たところ、今襲っている魔熊は一般的な魔熊より二倍ほど大きい。

 いわゆる変異種という奴だ。

 安全に討伐するにはAランクの冒険者パーティーが欲しい。


「くそ、遊んでやがる!」

「ふざけやがって!」


 護衛たちの怒鳴り声には怒りと怯えが混じっている。


 護衛たちは弱くはない。Cランクパーティー相当だろう。

 リーダーらしき男は、特に強い。Bランク相当に見える。


 ちなみに冒険者のランクはFが駆け出し。

 Eが駆け出しに毛が生えた程度。Dが一人前。Cがベテラン。Bが一流、Aが超一流だ。

 Sランクなどもあるが、一般的ではない。

 SはAランクが大きな功績をあげたときに褒美として与えられるランクである。


「……一流の冒険者でも、あの魔熊を相手にするのは、きつそうだな」


 魔熊は圧倒的に強く、護衛たちでは相手にならないようだ。

 護衛たちは剣や槍、弓矢で懸命に戦っているが、魔熊には全く通用していない。

 全滅していないのは、魔熊が遊んでいるからだ。


 こういう場合、被害を拡大させないために荷馬車は全力で逃げるべきなのだろう。

 だが、先頭の荷馬車の車輪が泥濘ぬかるみにはまり動けないのだ。

 後続の荷馬車が先頭を避けて進もうにも、道から外れたらそこは泥濘だらけ。

 どうやら湿地帯の上に石を無理やり敷いて作られた道のようだ。


「GUAA」


 そして魔熊は知能が高い。

 荷馬車隊が逃げられないことがわかっている。

 楽しそうに護衛たちをいたぶっていた。

 立っている五人の護衛の近くには、三人の男たちが血を流して倒れている。

 魔熊はゆっくりと一人ずつ倒していくつもりなのだろう。


 とはいえ魔熊が護衛をいたぶる遊びに飽きれば一瞬で全滅する。

 それを黙って見守っては、あまりにも寝覚めが悪い。

 なにより、目覚めてから最初に出会った人族たちである。

 この世界に関する話を聞きたい。


「すーっ、うおおおおおおおお!」


 俺は魔熊を威嚇し、自分に注目させるために大きな声を出す。


「GA?!」


 魔熊は俺を見た。何者だろうかと訝しんでいるようだ。


「お、おぉ……?」


 そして、五人の護衛たちは俺の方を見て頬をひきつらせていた。

 護衛たちも魔熊と同じく、俺のことを敵か味方かわからないのだろう。

 困惑の表情を浮かべていた。


「ひ、人族か?」


 護衛の一人がそんなことを言う。

 一瞬「失礼な」と思ったが、思い直す。


 いまの俺は、とてもひどい姿をしている。

 木の皮の服は藪の中をこいだせいで、すでにボロボロだ。

 さらにその上から虫よけの泥を塗りたくっている。

 その上、食べた蛙と蛇を解体したときの返り血を浴びているのだ。

 蛇皮のベルトと蛙皮の帽子も印象が悪いかもしれない。


 だから、俺は護衛を安心させるために笑顔を向ける。


「安心してくれ。俺は人族だ。魔熊は任せてくれ」

「助けてくれるのはありがたいが、危険だ!」

「冒険者を何十人と殺している賞金持ちの凶暴な人食い魔熊なんだ!」


 自分たちが全滅しそうだというのに、俺のことを気遣ってくれる。

 なかなかいい奴らではないだろうか。ますます助けたくなった。


「大丈夫。熊退治は得意だから」


 そう言うと同時に、俺が何者か判別しかねている魔熊目掛けて石を投げる。

 万が一にも人間たちを巻きないよう、魔熊と荷馬車を引き離すためだ。


「GUAAAAAAAAA!」


 頭に石が命中した魔熊は怒り狂ってこちらに突っ込んでくる。

 そして、俺に向かって右腕をおもいっきり振りぬいた。


「危ない!」

「ひぃ」


 俺がやられると思ったのか、護衛たちが悲鳴を上げる。

 だが、いくら凶暴な魔熊だろうと、俺の敵ではない。


「大丈夫だ、問題ない」


 充分にひきつけてギリギリで俺は後ろに大きく跳んで距離を取る。

 跳ぶ直前に、足と両手で錬金術を発動させた。


 空気中と地中に含まれる水分を一気に集める。

 同時に集めた水と、足元の土を入れ替えた。

 それによって、直径十メトル、深さ十メトルの円柱状の池が出現する。

 入れ替えた土は空中に保持しておく。


 ここが湿地帯だから使える方法だ。

 錬金術師たるもの、常に自分が今いる場所がどういう状況か知っておくのは基本である。


「GUO!?」


 足元が急に池へと変化したのだ。かわすことなどできるわけがない。

 大きな音を出して魔熊は池に落ちる。

 勢いよく全身が水の中に沈み、それからもがきながら頭を水面から出す。

 バチャバチャと音を立てて激しく溺れている。


 だが、熊は魔熊に限らず、基本的に泳げる種族だ。


 今は慌てているから溺れているだけ。

 冷静になり次第、すぐに泳いで池から脱出し襲ってくるだろう。

 だから、即座に水の中に分離した土をもとの位置に戻して混ぜ込んだ。


「GUAAA?!」


 それにより、魔熊は首まで泥沼、底なし沼に埋まった状態になる。

 底なし沼と言っても、十メトル下に底はある。

 だが、足が届かなければ、魔熊に取っては底なしと同じである。


 暴れても暴れても、ずぶずぶとゆっくりと沈んでいく。

 これで魔熊は脅威でなくなった。


「なんてことだ、あの人食い熊が一瞬で?」

「見たことのない魔法だ。ど、どういう魔法なんだ?」


 護衛たちが唖然として、泥沼でもがく魔熊と俺を交互に見た。

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