第5話 人との交流

 魔法では怪我を治療することは出来ない。

 そして、護衛たちは俺を魔導師だと思っている。

 治療を申し出た俺を見て護衛たちがいぶかし気な顔をするのもよくわかる。


「俺は治療も得意なんだ。熊退治以上にな」

「…………」


 このままでは、どうせ助からないと思ったのだろう。

 疑いの目でこちらを診つつも、俺が治療に入るのを誰も止めなかった。


 俺は素早く三人の護衛を診察する。

 容態急変の理由を探るためだ。


 普通に考えたら毒なのだが、あの魔熊の牙と爪には毒はなかった。

 魔熊の牙と爪以外で毒が体内に入る理由を探らなければならない。


 錬金術は素材を変化させるのが基本の術理。

 素材が一体何でどんな特性があるのか。それを見極めるのは錬金術の基本技能だ。

 その見極める対象には毒も当然含まれる。


「……傷口は洗い流した水はどこからとったものなんだ??」

「夕方前に近くの沼の水を汲んで蒸留したものだ」


 付近は湿地帯なので沼はいくらでもある。

 泥水でも、蒸留すれば通常飲用するには充分だ


「それは念のために口にしない方がいい。毒だ」

「……毒だって? まさか! 我々はかなり飲んでしまったが……」


 毒というか、目に見えないほど極々微小な小さな生物が混じっている。

 その生物は熱に強い。そして酸には弱い。


 口から入れば、胃酸のおかげでほぼ死滅する。

 少量が生き残っても、健康ならば身体の抵抗力が負けることは無い。


 だが、傷口を洗い流すのに使い、その水で洗った包帯を使う。

 そうなれば、血液中に大量に入ることになる。


 そんなことを説明した。


「ど、どうすれば彼らを助けることができるのでしょうか!」


 そう尋ねて来たのは、治療を手伝っていた比較的身なりのいい女だ。


「安心しろ。俺に任せてくれ」


 俺は空気中の水分を液体にして、まず自分の手を綺麗に洗い流した。

 そして怪我人の汚れた包帯を取って、傷口も同様に洗い流した。


 そうしながら、俺は道中に採集した薬草で傷口を癒すヒールポーションを作っていく。

 同時に、体内の極小生物を退治するための薬、解毒薬、アンチドーテも作っていく。


 ポーションを入れる容器がないので魔法で空中に浮かせて保持した。


「おぉ。ま、魔法か? 魔法なのか」

「いや、こんな魔法は見たことがない」


 俺が今やっていることの中で一番簡単な空中保持の魔法にみんな驚いている。

 同時にやっている錬金術での薬錬成の方がずっと難しいのだが。


 薬を作り終わると、俺はもっとも重症の者から治療を開始する。


「少し痛い。我慢しろ。すぐ楽になる」

「……」


 一応声をかけたが、返事はなかった。意識が朦朧もうろうとしているのだ。


 俺はまず体内の微生物を殺す薬、アンチドーテを一人分を分離する。

 そして、針ぐらいの太さの極小の槍にする。

 言ってみれば、極小の水の槍、それのアンチドーテ版である。


 そのアンチドーテの槍で皮膚を突き破って血管に直接流し込んだ。

 血管はとても細い。血管を外側から突き破ったところで止めなければならないのだ。

 上手に止めないと、血管を内側から突き破ってしまう。


 その加減が非常に難しいが、適切に実行できれば、極めて細いのでさほど痛くはない。

 それを終えてから全身の傷にヒールポーションをかける。


「これでひとまずは良しと。包帯はまだ巻かないで」

「ああ、わかった」


 包帯は汚染されている可能性が高い。

 傷口はすでにほぼふさがっているはずだが、念のために巻かない方がいいだろう。


 すぐに二人目の治療に入る。


「少し痛いが、我慢しろ」

「すまない。助かる」


 二人目はそう言ってにこりと笑った。

 まだ、症状が軽いようだった。


 俺はそのまま二人目と三人目の治療を終える。

 そして最後にもう一度、改めて三人を順番に診察した。


 苦しんでいた三人は安らかな表情になっていた。


「ありがとう。助かった。もう全く痛くないよ」


 そう言ったのは、最初に治療した最も重症だった男だ。

 意識もはっきりしているようで何よりだ。


「まだ完治したわけではない。二、三日は安静にしてくれ」

「あの傷で二、三日安静にするだけでいいのか……」

「血も流しただろう、栄養のあるものをたくさん食べるといい」

「ありがとう。今度生まれてくる子供に会えるのは君のおかげだよ」


 それから残り二人からも何度も何度もお礼を言われる。

 あまりお礼を言われると、さすがに照れてしまう。


「どういう魔法なんだ?」

「……すさまじいものを見た」


 護衛たちは、仲間がなぜ急に快復したのかまったくわかっていなさそうだ。


「怪我人を馬車の中に運んでやれ。優しくだ」

「了解です」


 トマソンの指示で護衛たちは、丁寧に三人の元重傷者を荷馬車の中へと運んでいく。

 それが終わると、すぐに戻ってきて頭を下げた。


「仲間を助けてくれてありがとう。本当に感謝してもしきれない」


 トマソンからお礼を言われた。

 他の護衛たちも次々とお礼を言ってくる。


「気にしないでくれ。君たちも怪我してるだろう? ついでだから治療しよう」

「よいのか?」

「ああ。傷口からこの辺りの水が入ると厄介なことになりかねないからな」


 大量に入らなければ大丈夫だろうが念のためだ。

 残りの護衛たち五人の怪我も治療も済ませておく。


 治療を終えた後、改めてトマソンに頼む。


「……もしよかったら、魔熊を解体するために何か刃物を貸してくれないか?」

「ああ、もちろんだ」


 俺はトマソンに借りたナイフでテキパキと魔熊の解体を終える。

 そして、得た素材などは全て収納魔法に突っ込んでいく。


「まさか、ルードは収納魔法も使えるのか?」

「ああ」


 収納魔法は錬金術で代用しにくい珍しい魔法の一つだ。

 錬金術を使って同じことをするには「魔法の鞄」を作る必要がある。

 そして「魔法の鞄」を用意するためには色々と準備が必要なのだ。


「あれほど巨大な熊を収納できるのか? 荷馬車に乗せるという方法も」

「気にしないでくれ。まだ余裕はある」


 錬金術師としては、材料を沢山持ち歩きたい。

 だが、常に「魔法の鞄」を持っているとは限らない。

 だから、大容量の収納魔法も、錬金術師の基本技能なのだ。


「やはりルードは、……凄い魔導師なのだな」

「いや、ただの錬金術師だ」


 そんなことを言っていると、一人の女性が近づいて来た。

 それは治療を手伝っていた身なりのいい女性だった。

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