第6話 ヨハネス商会

 その女性は二十代ぐらいに見える。

 長く黒い髪と黒い瞳がきれいだった。

 地味だが質の良い服が、非常に似合っている。


「お礼を申し上げるのが遅くなり、大変失礼を致しました」

「いや、重傷者の手当てが優先だ。気にしなくていい」


 改めて女性は深々と頭を下げた。


「危ないところをありがとうございます。我らの仲間の治療までしていただきまして……」

「旅は助け合いだからな。本当に気にしなくていい」

「わたくしはヨナ・ヨハネス。ヨハネス商会の商会長をしております」

「俺はルードヴィヒだ。ルードと呼んでくれ」


 続いて護衛たちも自己紹介をしてくれた。

 俺が治療した荷馬車に運ばれた護衛たちのことも紹介してくれる。


 護衛たちは商会の一員と言うわけではなく、商会に雇われた冒険者とのことだった。

 いまはヨハネス商会と専属契約を結んでいるそうだ。


「ルードさまとお会いできて、九死に一生を得ました」

「ああ。俺たち護衛ごと全滅するところだった」


 ヨナとトマソン、そして護衛たちが一緒になって何度もお礼を言ってくれる。


「もうお礼は充分言ってもらったよ」

「何度お礼を言っても充分じゃない。命の恩人だからな」


 そんなことをトマソンは真面目な顔で言っていた。


 落ち着いたところで、俺は彼らになぜこんなところにいたのか話を聞くことにした。


 どうやら緊急で運ばねばならない荷物があるらしい。

 そして、普段使っている遠回りだが安全な道は長雨による土砂崩れでふさがっていた。

 そこで仕方なく普段は使わない近道を通り、泥濘に車輪を取られて立往生したのだという。


 弱り目に祟り目。

 そこに賞金を懸けられるほど凶暴な人食い魔熊に襲われたのだという。


「本当に災難だったな」

「ええ。本当にルードさんに会えて幸運でした」


 ヨナは俺の右手を両手でぎゅっと握りお礼を言う。

 そのままヨナは俺に尋ねてくる。


「……ところで、ルードさんはこんなところで何をなされていたのですか?」


 疑問に思うのは当然だろう。

 真夜中に、こんな使われていない街道を、怪しげな風体で一人で歩いていたのだ。


「実はだな……」


 俺はこれまでの経緯を説明することにした。

 とはいえ、魔王の魔法に巻き込まれて若返ったなどと言っても信用されまい。

 だから、少し考えてから言う。


「……気が付いたら、ここから南に数時間の場所に倒れていたんだ。しかも全裸で」

「えぇ……。なんということでしょう。追いはぎにあわれたのですか?」

「可能性はあると思うのだが、そもそも記憶がなくてだな」


 嘘ではない。

 仮に転生したとすると、生まれてからこれまでの記憶はない。

 転移だとしても、全裸になって若返った原因がわからない。

 なぜ、あそこに、あの状態でいたのか、それに関する記憶が俺にはないのだ。


「なんと……。それはお気の毒です」


 ヨナは心の底から心配してくれているようだ。


「追いはぎに襲われたショックで記憶を失ったのかもしねえな……」


 トマソンもうんうんと頷いていた。


「ですが、ルードさんはとてもお強いように見えましたが……。追いはぎに?」

「ヨハネスの旦那。いくら強くても追いはぎにやられることもありますよ」


 そう言って、トマソンは強い奴が強盗などに襲われる事例をヨナに教える。

 薬を使う、不意打ち、多勢に無勢、人質を使うなどなどだ。


「そうですか……。確かにそうかもしれませんね」


 神妙な顔でヨナは少し考えこむ。


 それにしても、トマソンはヨナのことをヨハネスの旦那と呼んでいるらしい。

 恐らくトマソンはヨナに敬意を示すためにそう呼んでいるのだろう。


 若い女性ということで舐められがちなヨナに、一流冒険者であるトマソンが敬意を示す。

 それを周囲に見せることは、それなりに効果があるに違いない。


 俺がそんなことを考えていると、ヨナが言う。


「ルードさん。もしよろしければ、街まで私たちと一緒に行きませんか?」

「それは、とてもありがたいが……。よいのか?」

「もちろんですよ。命の恩人ですし。ルードさんが同行してくれれば安心です」


 そう言ってからヨナは俺が追いはぎに襲われたばかりだと思い出したのだろう。


「よければ護衛としての報酬もお支払いいたしましょう」

「それはありがたいが、護衛の方々が面白くないだろう」

「何をいうか。ルードさんが同行してくれるのなら俺たちも心強い!」


 トマソンは、社交辞令でそう言っているのでは無さそうだ。

 本心で俺を歓迎してくれているようだと感じた。


「では、頼む。一文無しで困っていたんだ」


 俺がそういうと、ヨナもトマソンも、他のも護衛たちもみんな笑顔になった。

 同行させてもらうことになったので、改めて俺は尋ねる。


「積荷を急いで運んでいるという話だったが……。出発の準備はしなくていいのか?」


 手伝えることがあれば手伝おうと思ったのだ。


「今すぐにでも出発したいのですが、まだ夜で作業も出来ませんから」


 明るくなってから人を出して木を伐採して道具を作り、脱出する予定のようだ。


「夜に人を出すのは危険ですからね……」


 本当は今から作業させたいのだろうが、魔熊に襲われたばかり。

 朝まで待って安全に作業させる予定のようだ。


 だが、魔熊と遭遇する危険を冒して、古くて整備されてない道を通るほど急いでいたのだ。

 本当は、今すぐにでも出発したいに違いない。


「そういうことなら、俺に任せてくれ」


 俺は笑顔でそう言った。

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