第7話 過去のこと

 ヨナは俺が何を任せてくれと言ったのか分からなかったようだ。


「……といいますと? どういうことでしょう」

「言葉で説明するより、やって見せた方が早いな。ついてきてくれ」


 俺は先頭の荷馬車のもとへと向かう。


 そして錬金術で車輪が嵌っている泥濘の、ちょうど車輪の下の部分を石のように固める。

 それから固めた土の下に水や泥を移動させ、車輪ごと固めた土を持ち上げた。


 ついでに七台の荷馬車の車輪、そのすべての幅を広くしておく。

 これで再び泥濘にはまる可能性は少なくなったはずだ。


「これで出発するのに支障はないだろう」

「なんと! ありがとうございます!」


 それからのヨナの動きは素早かった。

 部下たちに指示を次々に出して、数分で荷馬車の列は動き出した。


 俺も荷馬車に乗せてもらう。


 御者の他にヨナとトマソン、それに俺が治療した重傷者三名と同乗した。

 他の護衛たちや商会の従業員たちは別の荷馬車に乗っている。

 大きな荷馬車だが、六人乗ったうえで荷物まで載っているのでさすがに狭い。


 ゆっくりしたところで、俺は改めて尋ねる。

 少しでも今がどういう状態か知りたかったからだ。


「今日って何年の何月何日なんだ?」

「王国歴三二五年の七月十日ですよ」


 ヨナが丁寧に教えてくれる。

 だが、俺は王国歴が何かすら知らない。

 俺が魔王と戦った時は冬だった。そしてミアス帝国歴二五八年だった。


「常識かもしれないが教えてくれ。記憶がないんだ」

「はい。なんでも尋ねてください」

「王国歴? というものについて聞きたいのだが……」

「王国歴は、正式にはウドー王国歴といいます。ウドー王国成立を元年として――」


 ヨナは丁寧に説明してくれる。

 だが、やはり俺の知らない暦だった。そもそもウドー王国すら俺は知らない。


「ミアス帝国歴二五八年というのは、今から何年前かわかるだろうか?」

「……随分と古い暦について聞かれますね」


 ヨナは少し困惑していた。だが真剣な表情で考えてくれる。


「……ミアス帝国歴元年が千二八八年前だから、ミアス帝国歴二五八年は千三十年前ですね」

「千三十年前だと?」


 一瞬、ヨナが嘘か冗談を言っているのではと思った。

 だが、ヨナは嘘を言っているようにも冗談を言っているようには見えなかった。


「……そうか。そうだったのか」


 どうやら俺が魔王が戦ったあの日から、千年以上経っていたらしい。

 とても驚いた。

 と、同時に千年前と言われて、色々と腑に落ちた。

 千年経てば、街の位置が変わって、廃墟になってもおかしくはない。


 そして、魔王が最後に実行した術式を俺は理解できていない。

 とはいえ、魔王が賢者の石の力を引き出せたのならば、時空転移も可能に思える。


 衝撃の事実を受け入れるため、俺は色々考える。

 そんな俺の様子を気付くこともなくトマソンが言う。


「さすが、ヨナの旦那。教養がありますね」

「小さいころは商人ではなく歴史学者になりたかったんですよ」


 ヨナは照れながら笑っている。

 どうやら、ヨナは歴史に詳しいようだ。

 いまの俺にとっては非常にありがたいことだ。


 魔王戦の後、俺が意識を失ってからどうなったのか、ぜひ聞いてみたい。

 特に魔王がどうなったのかは絶対に知りたい。


「千三十年前に魔王と錬金術師が戦ったと思うのだが、歴史には何か残っていたりするか?」

「ルードさんも歴史にお詳しいのですね。ですが魔王と戦ったのは大賢者ですね」


 どうやら、歴史にはそう記されているらしい。


 錬金術師ではなく大賢者というのが少し引っかかる。

 だが、俺は賢者の石の錬成に成功したため、大賢者と呼ばれたりもしていた。

 だから間違いとも言えない。


「戦いの結果はどう伝わっているんだ?」

「激しい戦闘の果てに、双方相討ちになったと伝わっています」

「なるほど。相討ち……。死体は見つかったのか?」

「いえ、両者の遺骸は跡形もなく消え去ったと伝えられてますね」


 俺だけでなく魔王の転移も成功していたのなら両者とも消えることになる。

 後から状況を見て判断すれば、遺骸も残らない激しい戦いだったと思うだろう。

 そうなれば相討ちと歴史に残ることになる。


「魔王と大賢者が相討ちになった後、魔王の勢力との戦いはどうなったんだ?」

「その後は魔王の勢力は大きく荒れました」


 後継者の地位をめぐって血みどろの争いが繰り広げられたのだという。

 当然そのような状態で人族勢力に、魔王勢力が勝てるわけがない。


 もちろん人族勢力も無傷だったわけでもない。

 人族側から魔王側にくみするものなども現れたりもしたという。

 だが、数年も持たずに魔王勢力は滅亡したとのことだ。


 それから人族側も数度の王朝変更を経て、今はウドー王国がこの地の覇者となっている。


「……結果的に魔王の勢力が滅びたのならよかった」

「?」


 ヨナは「何を言っているのだろうか」と聞きたそうな顔をしている。

 トマソンは俺とヨナの会話を興味深そうに聞いていた。


 さらに俺はヨナに尋ねる。


「その後魔王が出現したりしたことは?」

「ありませんね」


 魔王が千年の間に時空転移していれば、再び勢力を築いたはずだ。

 つまり魔王の出現がなかったということは、これまでの時代に魔王は時空転移していない。


 未来に転移しているのか、時空転移に失敗したのか。

 それはわからない。


 そんなことを俺が考えているとトマソンが言う。


「魔王と言えば、不穏な噂があったな」

「噂?」

「ああ。魔王が復活するとかなんとか……」


 トマソンが非常に気になることを言い出した。

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