第8話 魔王の噂

 たかが噂と片付けることは出来ない。

 魔王の魔法に巻き込まれた俺が、実際にこの時代へ転移しているのだ。

 魔王もこの時代の前後に来ている可能性は高い。


「詳しく聞かせてくれ!」


 俺の勢いに、少し驚きながらトマソンが丁寧に説明をしてくれる。


「あ、ああ。今、魔王軍副総裁と名乗っている何者かが、急に暴れていてな」

「何者か? ってのはなんだ?」


 トマソンが丁寧に説明してくれる。

 自称副総裁はここよりさらに南の地域に突然活動を開始したのだという。

 そして、活動開始してすぐに近隣の名のある魔人等を力で従え始めた。


「南と言うと……千年前に魔王城があった辺りか?」


 ここから南と言うと魔王城があった場所だ。そして俺が目覚めた場所でもある。


「む? 魔王城ってどこにあったんだ? 俺は知らねーが……」

「魔王城跡地よりも、さらに南に徒歩で二日ほど行った辺りですね」


 そう教えてくれたのはヨナだ。

 千年前の魔王城の位置は歴史に詳しい者でないと知らないようだ。

 俺は念のためにヨナから、自称魔王軍副総裁が活動を始めた具体的な場所を聞いておいた。


 それが済むと、俺はトマソンに再び尋ねる。


「魔人を従えるとはいうことは、自称副総裁は、よほど強い魔物なのか?」

「自称副総裁は謎だらけなんだ。正体はわからねーが、とても強いのは確かだな」


 その者が魔人なのかアンデッドなのか、魔物なのか。それもわからないそうだ。

 ただ人型だと伝わっているという。

 ちなみに魔人とは人間の魔獣のようなもの。非常に強力な魔物である。


 トマソンは説明を続ける。

 自称副総裁は周囲の魔人や魔物を力で従えると、次の行動に移った。

 配下の魔人を指揮し、南の領土を実効支配し始めたのだという。


「しかも相当に広い領土を、だ」


 南方を治めていた精強で知られる辺境伯の軍は、三日で壊滅したという。

 その後、辺境伯の大きくて強固な城に入り、魔王軍副総裁を自称しはじめたのだという。


「ウドー王国はそれを許したのか?」

「もちろん国王も軍を編成し魔王軍討伐を命じたさ。だがな……」


 武勇で知られた第三王子を総大将とし、魔王軍の三倍の兵数を要する討伐軍が編成された。

 王国の皆が勝利を信じていたという。

 だが、魔王軍との最初の会戦で討伐軍は全滅してしまったのだ。


 その勢いのまま、魔王軍が王都に攻め込んでくると、王国の民は怯えていたらしい。


 だが、そんなことは無かった。

 なぜか、魔王軍は実効支配している領土に引きこもり、大人しくしているという。


「それは解せないな」


 本気で王国を潰したいならば、勢いに任せて攻め込む方がいいだろう。

 数が少ないのならなおさらだ。

 それに辺境伯の城を抑えたと言っても、領域を統治できるかはまた別の問題だ。


 領民を支配し、税を取り、国と運営していくのは難しい。

 そんな状況で、兵站を長期間維持できるとも思えない。


「その行動の謎は、例の魔王復活の噂とも関係があると思われているんだがな……」

「ふむ?」

「魔王が復活する時のために城と軍を用意したのだと、副総裁は言っているらしい」

「ほう。侵攻は魔王が復活してからと言うことか?」

「噂が正しければ、そう言うことになるんだろうな」

「いつ頃復活するとかは?」

「具体的にはわからん。だが非常に近いうちに復活すると魔王軍の奴らは信じているようだ」

「それは……ありうるかもしれないな」


 魔王の魔法に巻き込まれた俺がこの時代へと転移してきているのだ。

 魔王自身もそう遠くない時期に転移している可能性は高い。


 少なくとも副総裁には確信があるのだろう。

 確信がなければ、リスクを冒して城に引きこもる理由がない。


 もしかしたら副総裁は長命種で千年前から生き延びている幹部かもしれない。

 その場合、魔王から何か情報を託されていたとしても不思議はない。


 そんなことを考えていると、ヨナが言う。


「いま王都に南から難民が押し寄せています。それで物資が足りないのです」


 俺が乗っているこの荷馬車も、物資運搬の最中だという。

 今の王都では生活必需品が欠乏しているらしい。

 だからヨナたちは危険を顧みず急いでいたのだ。


「南の方で資材を集めたのか? 危険ではないか?」

「南では町や村から人が避難していますから、逆に物資は余っているのです」

「なるほど、そういうものか」

「余っている物資を買い叩けるので、大きな利益が見込めますからね」


 そういってヨナが笑うと、トマソンが呆れた様子でため息をつく。


「また、ヨハネスの旦那はそういうことを言う。儲けなんてほとんど出てないでしょう」

「そ、そんなことは」

「なるべく高く買って、なるべく安く売っているのは知っていますよ」


 トマソンが言うには、ヨナは非常に優れた商人だという。

 いつもは海千山千の商売人たち相手に荒稼ぎしているらしい。


 だが、王都が難民であふれ出し、皆が困っているのを見て赤字覚悟で動き出したのだそうだ。


「それは、素晴らしいことだな」

「ええ。本当に。ヨハネスの旦那は尊敬できる商人ですよ」

「私はそんな善人ではありませんよ」


 ヨナは照れた様子で、顔を真っ赤にする。


「王都が安定しないと、商売もままならなくなって困るというだけですから」


 ヨナ自身はそうは言うが、よくできた商人なのは間違いなさそうだ。

 俺もできる限り協力したいものだ。

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