第9話 現代の錬金術

 照れ隠しなのか、ヨナは話題を変える。


「ルードさんも歴史にお詳しいみたいですね」

「基本的に現代知識は記憶はないのだが、千年ぐらい前の歴史にはそれなりに覚えがあるんだ」


 千年前から転移してきたと言っても信用されまい。

 ぼかして適当に言っておく。


「不思議なこともあるものですね」

「ヨハネスの旦那。魔法を抜きにしても、記憶喪失にも色々あるみたいですよ」

「そうなんですか?」

「一時期の記憶だけとか全部なくすとか、思い出せる記憶と思い出せない記憶が混ざったり」

「それは知りませんでした」

「でもまあ、ルードさんは自分の名前とか魔法を覚えているからまだましですよ」

「それでもましなのですか?」

「名前どころか生活のこと全て、トイレのこととかも忘れる人もいるらしいですからね」

「それはとても困るでしょうね」

「新しいことを何も覚えられなくなるってのもありますからね。そっちも大変だと思いますよ」

「トマソンは、記憶喪失について詳しいんだな」

「……ああ。昔な、冒険者仲間が頭を殴られた拍子に記憶をなくした奴がいてな」


 それでトマソンは色々と調べたようだ。

 俺がトマソンの知識に感心していると、ヨナが言う。


「ルードさんも教養があるようですし、名家の出身かもしれませんね」

「ヨハネスの旦那。俺は宮廷魔導師だと思いますね。彼らも教養があるから」

「たしかにあれだけの魔法の使い手。在野の魔導師とは思いにくいですね」


 ヨナとトマソンがそんなことを言っている。


「いや、何度か言ったが、俺は魔導師ではなく錬金術師なんだ」

「ルードさんはその冗談好きだなぁ」

「ふふふ」


 トマソンはあきれ気味に、そしてヨナは優しく笑っている。


「いや、本当に俺は錬金術師だ」


 俺が真剣にそう言うと、ヨナとトマソンは互いに顔を見合わせた。


「……記憶を失って混乱しているだけではじゃねーのか?」


 トマソンがそう言うと、ヨナもうんうんとなずいた。


「いや、記憶はなくとも自分が錬金術師だということはわかる」

「ルードさん。そうはいうが……」

「実際に錬金術は見せたと思うが」


 俺はトマソンたちと会ってから実際に使った錬金術について説明する。

 魔熊の足元に水たまりを作った術やとどめを刺した術。

 治療したときに使ったあれこれ。

 荷馬車を泥濘からだして、車輪の幅を太くした術、などなどだ。


「あれは魔法ではないのか?」

「魔法でもできることも多いが、少なくとも錬金薬の製作は魔法では不可能だ」

「……そうなのか。……いや、だが」


 トマソンはヨナの方をちらりと見る。


「ルードさんの力で我々は助けていただいたわけですし、わたくしは信じます」

「そうか。そうだよな、ヨナの旦那の言うとおりだ」


 トマソンも力強く頷く。

 その様子を見ていて、俺は気付いた。


「もしかして、錬金術ってイメージが悪いのか?」

「イメージが悪いといいますか……」


 ヨナは言っていいものか悩んでいるようだった。


「本当のところを教えて欲しい。本当にイメージが悪いならどうせすぐに知ることになる」

「……わかりました。そういうことでしたら」


 そしてヨナは意を決して教えてくれた。

 今の時代の錬金術とは山師の類い、詐欺師の別名に近いらしい。


 黄金の錬成に成功したと言って資金を集めて姿をくらます。

 病で死にかけている金持ちのところに、治療薬を発見したと言い金を集める。

 そういう奴らばかりのようだ。


 ちなみに、まともな治療薬を作る者たちのことは薬師くすしと呼んで区別しているらしい。


「わたくしも沢山の錬金術師に会いましたが、全員詐欺師でした」


 ヨナは父が急逝したため、若くしてヨハネス商会を継いだ。

 それゆえ、ちょろい小娘と思われて、詐欺師どもが押し寄せたらしい。

 その中には錬金術師も多く含まれていたとのことだ。



「本物の錬金術師であるルードさんとしては面白くないことかもしれませんが……」

「そうか。錬金術はそう言うイメージなのか……」


 さすがに少しへこむ。

 千年の間に錬金術は衰退してしまったようだ。


 千年前の錬金術師は閉鎖的で引きこもりがちではあった。

 自分の錬金術の奥義を門外不出とし、誰にも教えないことはよくある事だ。

 弟子をとっても弟子入り後十五年は薬に触らせないと言っている者も少なくなかった。

 奥義を教えないうちに師がぽっくり死ぬ。そんなことも珍しくなかったのだ。


 そんなことをしていたから衰退しきって詐欺師に乗っ取られてしまったのだろう。


 千年前の俺は、錬金術の現状を危惧してはいた。

 俺は錬金術を普及させ民の生活水準を向上させたかったのだ。


 だからこそ、忙しい中、俺は沢山の書物を書いた。

 加えて教えを請いに来た錬金術師には、惜しげもなく奥義まで教えたものだ。

 教えても賢者の石を錬成できたものはいなかったのだが。


(あいつら……。あれほど後進にはしっかり教えろと言ったのに……)


 俺が折角教えた錬金術の技術を後進には教えず、自分だけのものにしたに違いない。

 閉鎖的で、排他的な錬金術師の悪弊が出たのだろう。


(……俺の役目かもしれないな)


 折角、技術と知識はそのままに若い肉体に戻ったのだ。

 この時代に錬金術を広めることにしよう。


 魔王を倒すついでに錬金術を広めればいいだろう。

 いや、魔王を錬金術で倒せば、錬金術の知名度も上がる。一石二鳥だ。


 そう言う方針で行こう。

 そう考えると、気持ちが前向きに明るくなった。


 その後、俺はこの時代の一般常識についてヨナとトマソンから聞いた。

 貨幣単位、貨幣価値、技術水準、一般的な生活水準などだ。

 政治システムと冒険者ギルドのシステムについても聞く。

 どうやら、千年前から大した差はなさそうだった。


 俺としてはものすごく助かる。千年前から変化がないならば適用しやすい。

 だが、心配にもなる。千年間も文明の進歩が止まっているということだからだ。


 そして錬金術はとことん衰退している。

 どうやら錬金術ほどではないが、魔法も衰退しているようだった。

 その点を考えると、現代は千年前より退化しているといっていいだろう。


 そんなことを考えながら、仮眠をとる。

 起きたころには夜が明けていた。

 そして、夕方近くになったころ、やっと王都のすぐ近くまでやってきた。

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