第24話 魔人その2

 俺はすでに魔人の間合いの中にいた。

 隙を見せた瞬間に、俺の首をはねに来るだろう。


 二メトルにまで近づかれるとは、通常ではありえない。

 俺が探査魔法を発動しているのに、二メトルまで近づかれないと探知できなかった。

 よほど隠ぺい魔法がうまい魔人ということだ。


 俺は錬金術師。

 魔法も得意だが、それは人族レベルの話である。

 魔人や魔王などには魔法では負ける。

 

「とはいえだ」


 俺に補足された時点で魔人の作戦は失敗だ。

 俺は一瞬空を飛ぶ鳥に気を取られたふりをして斜め上に視線を向ける。


 その瞬間、背後の魔人が音もなく腕をふるう。

 魔人の爪は鋭い。腕力も強い。

 あたりさえすれば、俺の首ぐらい容易くはねとばすだろう。


 俺は錬金術で背後に壁を作りつつ、熱攻撃を準備しながら振り返った。


「な……、んだと……」


 超至近距離に驚愕の表情を顔を張り付かせている魔人がいた。

 魔人の爪は俺の作った壁に阻まれている。


 そして、魔人の首には斜め後ろから、先ほどの魔狼が食らいついていた。


「お前……まさか、俺をかばおうと……」

「ガアアアウガウガアウガガウウ」


 魔狼は必死に魔人の首に食らいついている。


「こ、この獣風情が! 我の身体に触れるなどと!」


 魔人は首から血を噴出させながらも、怒りの形相だ。


 魔人は完全に虚を突かれたのだ。

 魔力を総動員して魔法で存在を隠ぺいし、ゆっくりと俺の背後に忍び寄っていたのだ。

 それには繊細な魔力操作が必要だったろう。

 集中力を全てつぎ込み、細心の注意を払いつつ近寄っていた。

 逆に自分の背後から魔狼が近づいているとは、思いもよらなかったに違いない。


 折角、魔狼が作ってくれた大きな隙である。

 利用しない手はない。


 俺は即座に自作の剣を抜き、魔人の心臓を一気に貫いた。


「人族が……ぁ」

「お前。隠ぺい特化だから、戦闘力は大したことないんだろう?」

「ふざけるなぁああ」


 魔人は咆哮すると同時に、一瞬で自分の身体を燃え盛る炎へと変化させる。

 炎をまとうのではない。身体自体が炎になったのだ。


「なにっ!」


 俺は驚きのあまり声を出してしまった。


 そのようなことができる魔人の存在を俺は知らない。

 千年前の八十年の人生で、三桁近い魔人と戦った。

 だが、そのようなことができる魔人などいなかったのだ。


「ギャウン!」


 食らいついていた魔人が炎に替わったのだ。

 魔狼は炎に巻かれてしまう。

 慌てて飛び退いたが、既に遅い。


「ギャウギャウン!」


 魔狼の毛が燃えて、ゴロゴロと転がる。


「魔狼!」


 リアが慌てた様子で魔狼の方に飛んでいく。

 俺もリアを追おうとしたが、魔人がそれを許さない。


「よそ見とは余裕だな! 人族が!」


 影と一緒になって、攻撃してくる。


 基本の攻撃は実体化している鋭い爪だ。

 だが、爪以外はすべて燃え盛る炎。

 当たらなくても、魔人の身体が近くを通るだけで皮膚が焦げる。


 非常に厄介だ。


 加えてそこに魔法攻撃を混ぜてくる。

 そして、影にも実体はある。

 その爪は鋭く、食らえばただではすむまい。

 影が炎になれないようなのは幸いだ。


「本体を殺せば影も消えるんだろう?」

「「すぐ死ぬお前には関係のないことだ」」


 影の魔人と炎の魔人が同時に同じ言葉を話す。

 激しい戦闘で、それぞれに別の言葉を発話させるための集中力を割けなくなったのだろう。


 こうしている間にも魔狼は苦しんでいる。戦闘に時間をかけている余裕はない。

 俺は本体の方に狙いを定める。


「炎には水と氷が有効だよな」

「お前はなにを……」


 一瞬で錬成式を頭の中で組み立てる。

 空気中の水分を集めて凝固させて一気に凍らせる。


 同時に、魔人周囲の分子の動きを抑制することで一気に気温を下げていく。


 ――バキンッ!!


 空気中の水分の凍る音が大きく鳴った。

 炎と化した魔人は一気に小さくなっていく。

 そして、魔人の影は凍りついて氷像のようになった。


「せい!」


 俺は影の方を蹴り飛ばす。吹き飛んで砕け散った。

 これで解凍してもすぐには動けまい。


 だが、本体の方を倒さない限り、影はじきに動き出す。


「お前はどうやったら死ぬんだ?」


 どんどん小さくなる炎の魔人の様子を観察した。

 一点にどんどんと収束していく。


「そこがお前のコアか」

「……ゆるさぬ、ゆるさぬぞおおおお」


 魔人は怒りの形相で激しく叫ぶ。どうやら当たりらしい。

 俺は瞬時に錬金術で腕の周囲を保護する。

 そして炎と化している魔人の身体の中へと腕を伸ばし、コアを手でつかむ。


「ぐああああああああああ!」


 魔人のコアをそのまま身体の外へと引きずりだす。


 炎と化している今、コアと魔人の身体に物理的な結びつきがないはずだ。

 だが、ブチブチという引きちぎる感覚がある。


 コアは魔人の魔力回路と、余程深く結びついていたようだ。


「ぐううぅぅぅ…………」


 断末魔。魔人は苦しそうにうめき声をあげる。

 コアを完全に引き出すと、魔人の炎の身体は消失した。

 魔力的に活性化していたコアもすぐに不活性化する。

 だが、非常に高温だ。鉄でも溶かすほどの温度だ。

 持ち続けるのは大変だ。ひとまず地面に置いた。


 とりあえず、魔人は死んだと考えていいだろう。


 コアを調べるのは後回しだ。瀕死の魔狼の治療が先である。

 俺はすぐに魔狼の方へと走る。


「魔狼、大丈夫か?」

「はぁっはぁっはぁっ、きゃうん」


 痛いのだろう。魔狼は荒い息をしている。


 魔狼についていた炎は、リアがしっかり消したようだ。

 もう燃えていない。


 だが、体中の毛が焦げているだけでなく、皮膚もかなりの範囲が焼けているようだ。


「すぐに治してやる。安心しろ」


 俺は魔狼の治療に入った。

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