第25話 やけどした魔狼

 まずは魔狼のやけどの状態を診察する。

 かなりのダメージを負っている。放っておけば死ぬだろう。


「魔狼。少しだけ待て」

「……きゃう」

「……りゃぁ」


 魔狼は痛そうに鳴く。

 そんな魔狼のやけどしていない尻尾の付け根辺りをリアが優しく撫でていた。


 俺は魔法の鞄から材料を出して、大急ぎでヒールポーションを作り上げる。

 ひどいやけどを放置すると、どんどん体液が外に出てしまう。

 急いで傷を癒さねばならない。


 ヒールポーションを作り上げると、いつものように空中に保持する。


「傷口を洗浄しないといけないが、痛すぎるかもな」


 焼け焦げた毛や石や砂、そういったものが焼けた皮膚に食い込んでいる。

 このまま皮膚を治すと、それらの物が中に入ったままになってしまい膿むことになる。

 だから傷口を綺麗にしないといけないのだが、範囲が広い。


 水で洗おうものなら、痛みのあまり死んでしまうかもしれない。


 俺は素早く麻酔作用のある薬を作って空中に保持する。

 そして錬金術で空気中の水分を集め、清潔な水を作り出す。


「ただの水もよくないな」


 俺は自分の腕をナイフで切って、血を流す。

 血から塩分だけを分離して水に混ぜ込む。


「本当に塩を買い忘れたことが悔やまれるな」


 食事に使う塩が足りないだけなら、我慢すればいい。

 だが、治療にも塩は使うのだ。


 塩の買い忘れは、錬金術師として恥ずべきことだ。

 俺は賢者の石で物質変換や物質転換することに慣れすぎていたのかもしれない。

 心の底から反省しなければなるまい。


 俺は麻酔と塩分を混ぜ合わせることで、血液や体液と同じぐらいの濃度の水を作りあげた。


「傷口を洗い流す。少し痛いぞ」

「……きゃう」


 そして焼けた皮膚の一部分を洗う。

 麻酔で痛みは軽減されている。

 濃度も体液と同じなので刺激も少ないはずだ。


「きゅあんきゃん」


 それでも魔狼は悲鳴を上げた。

 しかし、耐えられるレベルのようだ。暴れたりはしなかった。


「我慢できて偉いな」


 洗い流して清潔になったところから、時間をおかずにヒールポーションをかけていく。


「ぎゃう!」


 ヒールポーションをかけた瞬間、魔狼は悲鳴を上げた。

 ヒールポーションの方が痛いようだ。

 だが麻酔の効果もあり、だいぶ痛みは軽減されている。


「もう少し我慢しなさい」

「くぅーん」


 傷は広範囲にわたっている。

 傷口が汚れている現状では、一気に治すことは難しい。


 俺は丁寧に傷を治していった。

 魔人に食らいついていた顔の傷が特にひどかった。


「よし、皮膚の治療は終わりだ」


 傷は全て治った。

 あとは流した血や体液、失った体力を取り戻せばいい。


「きゅーん」


 さすがに巨大な魔狼だけあって、凄く体力はあるようだ。

 もう甘え始めて俺の肩に前足をのせ顔を舐めてくる。


「元気なのはいいが、もう少し大人しくしときなさい」


 右手で魔狼を撫でながら地面に座らせる。

 鞄から、適当な容器を出して左手から水を出してそれに入れた。


「魔狼、とりあえず水を飲め」


 体液をだいぶ流したので、水分補給は大切だ。


「がふがふがふがふがふ」


 魔狼も喉が渇いていたのだろう。一気に飲んだ。

 そんな魔狼を俺は撫でながら、改めて調べてる。


「うーん。毛がだいぶはげちゃったな」


 傷は癒した。

 だが、もふもふだった毛は焼け落ちて、体表の大半がはげてしまっている。

 傷は毛根も含めて、完全に治してあるので、そのうち生えてくるはずだ。


「今は夏だから、本格的な冬になる前には生えそろうとは思うが……」


 それまで、つるつるだと可哀そうだ。

 魔狼の毛には体温保持以外にもいろいろな役目がある。

 攻撃から身を守るのも毛の大切な役割だ。

 毛が生えていないと、魔狼としてもつらいだろう。


「……発毛剤と育毛剤を作るか」

「くぅーん?」


 きょとんとしている魔狼はかわいらしい。

 だが、毛が剥げまくっているので、痛々しい。


 俺は魔狼とリアのために、「魔法の鞄」から魔猪の肉を出す。

 一口サイズに切ると、魔法で表面を焼いて焦げ目をつける。


「よし。食べていいよ」

「がふがふがふがふ」

「りゃむりゃむりゃむりゃむ」


 魔狼とリアが肉を食べるのを見ながら、俺は発毛と育毛に効果のある薬を作る。

 魔力をどれくらい込めるかで効果のほどが変わってくるのだ。


 通常の育毛剤よりも注ぎ込む魔力の量を多くしておく。


「本当に薬草を沢山集めておいてよかったよ」


 発毛兼育毛剤が完成したので、まだ肉を食べている魔狼に塗ることにした。


「怪我は治っているし、しみないはずだ」

「がふがふ?」


 俺は魔狼に薬を優しい手つきで縫っていく。

 食事中に触れたので、唸られるかと思ったが、唸られなかった。

 魔狼は肉を食べながら、尻尾を振っている。


「唸らなくて偉いな」


 俺は安心して薬を塗っていく。

 毛のはげた部分に塗ってから、なじむように丁寧にマッサージする。


「くーんくーん」


 魔狼は肉を食べ終わると、気持ちよさそうに鳴いていた。



「とりあえず治療はすべて終わりだな」

「……がぅ」


 少し不安そうに魔狼はこちらを見る。

 置いて行かれることを恐れているのだろう。


 魔狼は、背後から魔人に襲われた俺を助けてくれた。

 実際には魔狼の手助けがなくとも俺は切り抜けただろう。


 だが、それは重要ではない。

 俺のことを身を挺してかばってくれたのだ。そして大けがを負ってしまった。


 たかが魔猪の内臓と肉を分けてもらっただけだというのに。

 非常に義理堅い魔狼である。

 今更、置いて行くという選択肢はない。


 とはいえ、魔狼の意思も聞かねばなるまい。


「どうする? 魔狼。俺たちについて来るか?」

「がう!」


 魔狼は嬉しそうに俺の肩に両前足を置いて、顔をべろべろと舐めてきた。

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