第47話 戦端

 千匹のゴブリンたちの約半数が通ったころ、魔人が地竜に向かって指示を出す。


「お前も行け」

「GRRRR……」

「気付いていると思うが、おかしな壁の手前に落とし穴だ。飛び越えて壁を壊せ」

「GRRRrr……」


 第一防壁の手前に落とし穴を作ったことは、魔人には見抜かれてしまっていたようだ。


 地竜はゆっくりと後退して距離を取る。

 そして、一気に加速する。巨体に見合わぬ敏捷性だ。

 俺の作った落とし穴の手前で跳びはねると壁に頭からぶつかった。


 地竜が第一防壁にぶち当たった瞬間、壁全体が大きく震えた。

 壁の上にいる俺たちにとっては、巨大な地震に見舞われたかのようだった。


 ――ドオオオオオオオン


 同時に大きな音が響く。王都にいる全員の耳に届いただろう。

 気の抜けていた冒険者がいたとしても、今の音で気合が入ったに違いない。


 地竜は第一防壁を破壊し、そのまま突破しようとした。

 だが、壁は崩れない。

 グイーンと伸びて、地竜衝突の衝撃を吸収する。


「GRRR……?」


 壁が崩壊すると信じ切っていた地竜は、困惑の鳴き声を上げる。

 突撃の勢いは完全に消えて、地竜の足が止まった。


 そして壁の元に戻ろうとする力が、地竜を押し返し始める。


「G! GRRRGRRRRAAAA!」


 最初はずるずると、そして徐々に加速しつつ地竜は壁の向こうへと戻される。

 そして、戻った先には落とし穴だ。


「GRAAAA!」


 地竜は懸命に踏みとどまろうとしたが、そのまま壁に押し切られる。


「GAAA……」


 地竜は落とし穴へと落ちて行った。

 深さは十メトルほど。

 体長十メトルある地竜にとっては、大した深さではない。


 だが、落とし穴の中には、錬金術で強化した鋭利な槍が並んでいる。


「GRAAAAA!」


 地竜は巨体に見合った分厚く硬い鱗で覆われている。

 だが、その巨体ゆえに重い。

 自らの重さのせいで、槍によって傷つけられてしまう。


「……お前に恨みはないが、大人しくしておけ」


 誰にも聞こえないほどの小さな声でそう言って、俺は錬金術を発動させる。

 落とし穴の側面から、一斉に槍をはやす。

 地竜を閉じ込めるための簡易の檻だ。


「……なんだと!」


 魔人が驚き、地竜の元へと高速で飛んでくる。

 まだ、俺の存在には気付いていないようだ。

 他に注意を引くものが多いせいなのと、隠ぺい魔法の効果だろう。

 罠は魔法であらかじめ発動するように設定されていたと考えているに違いない。


 魔人は自分の手で地竜を檻から出そうと動き出す。

 地竜はそれだけ王都襲撃作戦のかなめということだ。


 そして、俺にとっては絶好機である。

 のどから手が出るほど欲しかった、魔人との一対一のチャンスがやって来たのだ。


 魔人の周囲には魔物の大群がいて、かつ空を飛んでいる。

 そんな魔人との一対一の実現は最大の課題だったのだ。


 第一防壁を抜けた魔物たちは、冒険者と騎士たちに任せればいい。

 それに第一防壁と王都城壁との間には、大きな川が流れている。

 そう簡単にはゴブリンたちも渡れまい。


 俺は魔人との戦闘に集中できるというものである。


「単純な罠に、無様に引っかかりやがって!」


 地竜のことをののしりながら、魔人は檻を魔法で破壊しようとする。

 詠唱はしないようだ。魔力が魔人の右手に集まっていく。


 そして充分に魔力を溜めた魔人は檻に直接手を触れた。


 ――バリバリバリバリバリ!

「ぐあああああ!」


 檻に錬金術の物質変換を使って雷を流したのだ。

 完全に不意を食らった魔人は身体からプスプスと煙を出しながらのけぞった。

 そして無様にも地面を転がる。だが、致命傷には届かない。


「この! 無礼者が! 我を地面に落とすなど!」


 ゴブリンやオークの群れは魔人には近づかない。

 戸惑いながらも既に出された命令通りに、第一防壁をくぐって進む。


 そして魔人は怒りに満ちた表情で周囲を睥睨する。

 誰かに攻撃を仕掛けられたことには気付いたようだ。


 そして、すぐに第一防壁の上にいる俺を見つける。

 魔人が本気で探し出そうとすれば、俺の隠ぺい魔法は通用しない。


 念入りに周囲を探索して、俺以外に人族がいないことに驚いたようだ。


「一人で我を止めようというのか。英雄志望か?」

「お前ぐらいなら一人で充分ってことだ」

「あまりの恐怖に頭がおかしくなったとみえる」

「折角だ。俺と戦ってくれよ」


 俺は笑顔で呼びかけた。

 だが、魔人はそれには答えず、怒声を上げる。


「人族風情が! いつまで我を見下ろしているつもりだ!」

「ああ。これはすまない」


 俺はぴょんと第一防壁の上から地面に飛び降りた。

 ガウも一緒について来る。


「ガウ。適当に戦え」

「ガウッガウッ!」


 ガウはすぐに走り出す。

 周囲のゴブリンとオークの群れを端から屠り始めた。


 そして俺は魔人に向けて頭を下げた。


「魔人さまにおかせられましては、王都攻略ぐらい容易いのでしょう? さぞかし退屈かと」

「……」


 わざとらしいぐらい丁寧に、慇懃いんぎん無礼に言ってみる。

 魔人も俺が馬鹿にしていることに気付いているらしく、無言で睨みつけてくる。


「ここで少し、私と戦って暇をつぶしていきませんか?」 

「……お前ごときで暇つぶしになるとも思えないがな!」


 そう言うと同時に魔人は無詠唱で魔法を放つ。

 火炎竜巻ファイアトルネード。火系の上位魔法だ。

 俺は巨大な火柱に包まれる。


「口ほどにもない。手間をとらせやがって」


 魔人はそう言って、地竜を閉じ込めた檻に再び手を触れる。


 ――バリバリバリバリ

「ぐああああああ!」


 俺の流した雷をまともに食らい、魔人は再び地面を転がる。

 魔力が途切れたせいで、火炎竜巻も収束した。

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