第27話 賢者の石

 冷静に考えてみたら肉体を炎に変えるなど、まさに錬金術の範囲ではないか。

 それも錬金術でも最上位の術である物質転換だ。

 そして、物質転換は、触媒となる賢者の石なしに実行するのは容易ではない。


 千年前の魔王戦で、俺が質量をエネルギーへと転換したときも賢者の石を使ったのだ。


「なぜ賢者の石を魔人が?」


 千年前、賢者の石は俺にしか作れなかった。

 俺の作った賢者の石だろうか。

 念のために調べてみる。


「……少し違うな」


 俺の作ったものとは微妙に製法が違う。

 本当に微妙で、わずかな差だ。

 だが繊細の極みである賢者の石にとっては、わずかな製法の差が大きな完成度の違いとなる。


「劣化がひどいな。魔石に無理やりくっつけたせいか?」


 もしくは、無理やり俺が引きはがしたせいかも知れない。


 魔人の賢者の石は劣化しすぎて、もはや賢者の石とは言えない物になっていた。

 こうなってしまえば、再利用も難しい。

 これを再利用するぐらいなら、一から作ったほうが楽だろう。

 賢者の石は、それほど非常に繊細な物なのだ。


「俺の作った賢者の石とは別物だが、似ているところもあるな」


 劣化したことを差し引いても、俺の作った賢者の石よりも完成度は低い。

 それでも賢者の石としての役割を果たすことは出来るだろう。


「俺の賢者の石を参考にしたのかもしれないな」


 もちろん賢者の石は実物を手に入れたところで、真似できるようなものではない。

 だが、あれから千年もの時間が過ぎている。


 寿命のない魔人が千年間、真面目に研究すれば作れるようになる可能性はあるだろう。


「……やはり、俺の賢者の石は魔人どもの手に渡ったと考えるべきか」


 俺と魔王が転移または転生した後。

 賢者の石は、魔王城に残されたのかもしれない。


 その賢者の石を、魔王軍の誰か、恐らくは魔人の誰かが回収した。

 それは大いにありうるように思えた。


「もしかしたら、俺の賢者の石を持っているのは自称魔王軍副総裁だろうか?」


 そうとも限らないが、可能性はある。

 魔王軍副総裁は、多くの魔人を配下にしているという。

 そして俺を襲ってきた魔人も、魔王軍所属だということを暗に肯定していた。


「……魔王軍が錬金術を使いこなすとは。もしそうならば皮肉なものだ」


 千年前、魔法技術は魔王とその配下が圧倒的に上だった。

 それは今も変わらない。


 そして、錬金術は人族が圧倒的に得意な技術だった。

 人族が魔王たちに対抗するには、錬金術しかなかったのだ。


「今では人族は錬金術を忘れ去り、魔人どもが錬金術を身に着けたのか……」


 それでは人族が負けるはずだ。

 精強で知られた辺境伯の軍も、武勇で知られた第三王子が率いる軍も敗れて当然だ。

 第三王子は三倍の兵力で魔王軍と戦い、そして負けたという。


 三倍程度で、勝てるわけがないのだ。

 錬金術と魔法技術で圧倒的に優位に立てたならば、戦術も戦略も必要ない。

 大軍の精鋭に、寡兵の烏合の衆をぶつけても圧勝できるだろう。


「魔王軍が動かないのは、動く必要がないからか」


 人族の王国など、潰したくなったら、いつでも潰せる。

 それに錬金術があるならば、兵站に困ることもあるまい。

 兵站に困らないのなら、急ぐ必要もない。

 だから動かないのだ。


 復活する魔王のために楽しみを取っておく。

 その程度の軽い動機。それだけで動かさない充分な動機になりうる。


「慢心。いや余裕というべきだよな」


 元から圧倒していた魔法だけでなく錬金術でも上回ったのなら、負ける要素はない。

 数の差など問題ではない。


 錬金術を使えない人族と、錬金術を操る魔人。

 それはゴブリンと古代竜エンシェントドラゴンぐらい違う。

 ゴブリンをいくら集めても古代竜には勝てるわけがない。


「……このままだと錬金術を広める前に、人族が滅びてしまうかもしれないな」

「りゃあ?」


 俺が深刻な顔をしているので、リアが心配してくれたようだ。

 俺の右の肩に乗って、頭を撫でてくれた。

 ガウも心配したのか、黙って俺の左手をぺろぺろと舐めていた。


「リアもガウも、ありがとう」


 リアが狙われていた理由も魔人が錬金術を使うのならわかるというもの。

 深紅の鱗を持つ竜は、全身が錬金術の希少素材なのだ。


 しかも深紅の竜は成長度ごとに得られる素材が違う。

 成長した深紅の竜の鱗も、深紅の竜の赤ちゃんの鱗もそれぞれ用途が異なるのだ。


「リアも大変だなぁ」

「りゃぁ?」


 俺はリアのことを右手で撫でた。


 リアの親竜は素材を採るために、魔人たちに殺されたのかもしれない。

 いくら強力な深紅の竜だろうと、複数の魔人相手には後れを取ることはある。



「リア。もう怖くないからね」


 深紅の竜の場合、赤ちゃん竜から得た材料の方が魔導兵器を作るには最適だ。

 つまり、リアが魔王軍の手に渡れば、大量破壊魔導兵器が作られることになる。


 人族の勝利のためにも、リアを守ることは大切だ。


「さて。ガウ。リア。戻ろうか」

「がうがう!」

「りゃあ!」


 俺は小走りで王都に向かって走り始めた。

 怪我を治療したばかりのガウに無理をさせないように、あまり急がないで走っていった。

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