第21話 ぼっちの狼

 俺はそんな魔狼に優しく声をかける。


「そこにある内臓なら食べていいぞ。人が食べるには臭すぎるからな」


 食後に燃やそうと魔猪の内臓を放置していたので引き寄せたのかもしれない。

 いや、むしろ血抜きで流れた血の臭いで引き寄せたのかもしれない。


「遠慮するな。魔狼にとっては魔猪の内臓はごちそうだろう?」


 魔狼にそう言って俺はリアと食事を続ける。


 猪の内臓ならともかく、魔猪の内臓は臭すぎる。加えて味も良くない。

 心臓と横隔膜の間にある魔石のせいだろう。


 だから、魔猪の内臓は売り物にはならない。

 それに、錬金術の素材にするとしても豚の内臓で代用できる。


 俺としてはあらゆる意味で魔猪の内臓は必要ないのだ。

 狼が食べてくれるなら、燃やす手間が省けるというもの。


 そして魔狼は魔猪の肉よりも内臓を好む。

 人にとっては嫌に感じる魔石の臭みが、魔狼にとっては美味しいらしい。


 つまり魔猪の内臓に関して、俺と魔狼はウインウインの関係である。

 だが、そんな俺の思いは魔狼には通じなかったようだった。


 じわじわと近寄ってくると、一気に飛び掛かって来た。


「まだ子供が食事中なんだ。邪魔しないでくれ」


 俺は右手で肉を食べながら、左手で飛び掛かって来た魔狼の首を掴んで投げ飛ばす。

 それでも、諦めずに牙を剥いて何度も襲い掛かってくる。

 そのたびに俺は丁寧に投げ飛ばす。


 肩にリアを乗せているのでなるべく身体を動かさないように気を付ける。

 腕だけを使って投げ飛ばしていった。


 十回ほど投げ飛ばすと、魔狼は飛び掛かるのをやめた。

 警戒した様子で姿勢を低くしてこちらをじっと見ている。


「内臓だけじゃ不満か。仕方ないな」


 収納魔法から魔猪の肉の塊を一抱え程取り出して、内臓の上あたりにポンと投げてやる。


「食べていいぞ」


 そういうと、魔狼はゆっくりとこちらをにらみながら、肉へと近づく。

 そして、魔狼は肉を食べ始めた。

 肉を食べる魔狼に俺は優しく声をかける。


「この魔猪はお前の獲物だったのかもな。すまない」


 一頭だけでの狩りは大変だ。

 長い間かけて、慎重に狩りをしていたのかもしれない。

 そこを横から俺が奪ってしまった可能性もある。


 魔狼はガフガフと一気に魔猪の内臓を食べていた。

 しばらくぶりの食事。そんな雰囲気だ。


「お前も苦労してそうだなぁ」


 人里近くに出た狼は危険なので追い払うか退治しないといけない。

 だが、この周囲には人里はない。ならば魔狼をあえて殺す理由はない。


 魔狼は魔猪の肉と内臓をあっという間に食べ終わる。

 よほどお腹が空いていたのだろう。


 その間に俺たちの食事も終わった。


「がぅー」


 食べ終わった魔狼がゆっくりと近づいて来る。

 吠えてはいるが、威嚇している感じではない。


「どうした? まだお腹が空いているのか?」

「リャアア!」


 リアは警戒しているようだ。リアの気持ちはわかる。

 魔狼の体高は一・五メトル近くもあるのだ。


 体高、つまり肩甲骨の位置が一・五メトルだ。

 顔はもう少し高い位置にある。


 魔狼が顔を上げると、一・七から一・八メートルになるのだ。

 魔狼の鼻は肩の上に乗っているリアに余裕で届いてしまう。


「リャリャア!」


 一生懸命威嚇するリアにかまわず、魔狼は俺の匂いを嗅ぎ始めた。


「ふんふんふん」


 それからリアの匂いも嗅ぎはじめた。

 リアは怯えて俺の顔にしがみつく。


「リア、大丈夫。怖くないからな。何かあっても俺がついている」


 もし魔狼が噛みつこうとしても俺の動きの方が早い。

 だが、リアは怖いようだ。俺の肩から頭の上へと移動した。


「くぅーん」


 魔狼は甘えた声で鳴くと、俺の顔をぺろぺろと舐めはじめた。


「どうしたどうした」

「くーん」


 俺は甘える魔狼を撫でまくった。

 魔狼も群れからはぐれて、寂しかったのかもしれない。

 親とはぐれて一匹になってしまったリアと似ている。


「さて、俺たちはもう行くよ」

「……がう」


 俺が歩き出すと、魔狼は離れたところをついて来た。

 送り狼と言う言葉を思い出す。だが、俺は気にせず歩いていった。


 そのまま薬草を採集しながら歩いていく。

 その間、狼は二十から五十メトルぐらい後方をずっとついてきていた。


「懐かれたかな」

「りゃあ?」


 俺はヨハネス商会に世話になっている身だ。

 小さなリアならともかく、巨大な狼を飼うわけには行かない。


「……だが、一匹狼で寂しかったんだろうなぁ」


 本来は群れで暮らす狼が一頭だけで過ごすというのはどれだけ寂しくてつらいのだろうか。

 狼の境遇を思うと、かわいそうになってしまう。


「……りゃ」


 リアは遠くをついて来る狼の方をちらりと見た。

 リアも狼のことをかわいそうだと思っていそうだ。


「……うーん」


 もし狼がこのままずっとついてきたら。

 王都の外に狼小屋を作って毎日遊びに行ってやれば良いかもしれない。


「いや、それだと狼を見た人が怯えるよな。従魔のシステムってどうなってたかな……」


 俺が冒険者ギルドでもらった規則の書いた本を鞄から取り出して読んだ。

 どうやら、従魔ということにすれば魔獣を街の中に連れ込んでも大丈夫らしい。

 だが、その魔獣が暴れたりすれば、責任はその冒険者が取ることになる。


「なるほど、従魔を持つ冒険者を魔獣使いというのか」


 従魔にした後、出来る限り早く冒険者ギルドに登録しないといけないらしい。

 他にも細かい規則はあるが、ともかく魔獣を王都の中に連れていくことは出来るようだ。


 安心して魔狼を呼び寄せようとしたその時、真横から巨大な火炎球が迫っているのが見えた。

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