8/20 交通信号設置記念日

 信号を待つ時間は好きだ。先輩と一緒にいる時間が、ほんの少しでも長くなるからだ。

 などと浮かれていたのがよくなかったのか。信号機が赤から動かなくなっていた。いつもの先輩との下校途中、今日はなんだか長いな、と思っていればこの有様である。

 おかげで交通機関がめちゃくちゃであった。クラクションが鳴り響くが、赤信号は点滅なんて当然するはずもなく、沈黙を保ったまま。

 私と言えば、変わらない赤信号を先輩と二人で待っても、あるいはこの際信号無視をしてもよかった。けれども先輩はその両者を選ぶことはなく、第三の、あるいは当然の選択肢を選ぶ。すなわち、迂回して信号のない道を歩くことにしたのだ。

 先輩の後ろを、私はついていく。住宅地を進み、細道を抜けて、歩道橋を乗り越えていく。代わり映えのない道なんて一つもない。いつもの通学も、一大冒険に早変わり。

 冒険にも終わりがある。この場合、私の家に辿りついたことを示す。正確には隔てる道ひとつぶん。信号のない歩道はもう少し先だけど、ここが私と先輩の分かれ道だ。

 いつもよりも長い帰り道を共にして、なんだか名残惜しくもあった。どうしたものかと黙っている私に対して、先輩は無神経にもまた明日、といつも通りの別れの言葉。なんだか馬鹿らしくなって、また明日、と私も返す。

 振り返ると、信号は青に変わっていた。

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