監獄と標本

 後輩は頭を打ったせいで、私を先輩と慕うようになった。仕方がないので私も彼女に乗って、先輩らしく振舞ってやる。これがなかなか楽しくて、先輩として振舞ってるうちは、どんなことでも後輩から受け入れてもらえてしまう。こういった承認は、悪い癖になってしまいそうだ。よくないことだと戒めながらも、これも一つの善行であると改めない。

 後輩は知らないのだが、彼女の求める先輩というやつは、実はもうこの世にはいない。この後輩と二人で自殺を試みて、薄情なことにそいつだけ綺麗に逝ってしまいやがったのだ。こんなかわいい後輩がいたというのに、一体何が不満だったのか。それだけが不可解だと、後輩の頭を撫でながら思う。

 かわいい後輩に請われるがままに、私は先輩然として過ごすようになる。いつしか彼女が近くにいない間にも、先輩らしく過ごすようになる。頭の中に後輩がいて、私の行動を規定する。私は先輩だから、後輩の望むように動く。

 そして私は崖の上に立っていた。どうしてか?後輩が望んだからだ。隣の後輩の視線は、私の脳を抉るように鋭い。今度は一緒ですよ、先輩、なんて言って手を重ね合わせてくる。私は先輩だから、後輩が望むように、その手を握り返す。

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