9/3 世界口笛デー

 先輩は口笛を吹くのが苦手だ。ひゅっふっふー、と上手く鳴らないこもった音。先輩は「俺の世界の口笛はこうなんだ」と意固地なまま、口先を尖らせひゅっふっふーと掠れた音を鳴らしている。そんな日々がかつてあったことを思い出していた。

 掠れた音が聞こえる。扉の向こうに、化け物がいる。

 それらは、あるとき突然現れた。目も鼻もない、大きな口と手足だけ残した肉の塊の異形。海から来た怪物とも空から来た侵略者とも言われている。通信はどこも途絶していて、真実は分からない。憶測が飛び交うだけだ。

 混乱の只中で、残った人間同士のコミュニティも安全だなんてとても言えない。一人で命からがら逃げ出した先の廃屋も、結局逃げ場にはならない。

 壁一枚越しに近くにいると、化け物はどこからか音を発していた。その掠れた音が、かつての先輩の不出来な口笛を思い出した。今際の際の回想がこんなことかと馬鹿らしくなる。ひゅっふっふー、とかつて笑った口笛を吹いていた。

 すると変化が起きた。化け物が動きを止めたのだ。化け物は何も語ることなく、廃屋からゆっくりと去って行く。

 どうして私を見逃してくれたのか、なんて理由はわからない。それでも私は、彼の背に口笛を吹き続けた。

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