第50話 おっぱい様とジャンピング押し倒し

「あっ」

「……?」


 ――って宮歌さん!?!?


 彼女はそっと足元に舞い落ちた紙を拾い上げ、


(って……いやいや!! あれに僕の個人情報が入ってるなら、間違いなく宮歌さんのも書かれてるし、それを僕が勝手に持ってるってことが知られたら……ッ!!)


「……こ、ん、いん……?」

「だあああああああああああああああすッ!」

「はうッ!?」


 半分飛び込むようにして、僕は宮歌さんの手から例の紙をもぎ取る。


 ……危なかった! 間一髪だった!


 最悪の事態を免れたことに、安堵の息を漏らすが、


「……あの、……現野くん?」

「えっ?」

「……その、……なんというか……お、重いのですが……」


 我に返って見下ろすと、僕の身体の下には宮歌さんがいる。

 乱れて広がった金髪、その滑らかな肌が至近距離にあって。

 さらに、すぐ目の前に横たわっているのは、重力の下にあってもなおその張りを失わず、堂々とかつしなやかにせり出た、彼女のおっぱい様。


『……脱ぐと、もっとすごいよ?』


 コトリさんの言葉が急に脳内で再生され、ますます目が離せなくなり、

 


「あ、あの……ッ!」

「はッ、ちょ、わ、あの、ごめんッ!」


 慌てて僕は視線と身体を彼女から引き剥がす。

 改めて自分が宮歌さんにジャンピング押し倒しを、決めかけていた事実に戦慄し。


「……ッ」


 そして同時に、異常なほど、彼女を意識してしまう。


 ドクドクと、全身に血液が非常な速さで運搬され、


「……い、いえ、……別にいい、ですけど」


 宮歌さんも制服の乱れを直しながら、いつもよりは若干緊張した様子でチラチラとこちらを伺ってくる。

 その吐息すら、張り詰めたような何かがあって。


「……」

「……」


 僕ら目を逸らしたまま、互いを上手く見ることができなくなってしまった。


 そうこうしていると、


「あ、よ、予鈴ですねッ! もう行かないとなのでッ!」

「そ、そうだな、うん。……はやく戻ろうッ」

「わ、私先に戻りますからッ」

「ああ、うん。じゃあ、また」


 宮歌さんが足早に去っていく。

 彼女の姿が完全に見えなくなってから、僕はその場にへなへなと座り込む。


 ……変なこと言われたから、変な感じになったじゃないですか。


 全身に妙な疲れを感じつつ、


「まぁ、でも。ひとまずは良かった。これで」


 手に握りしめたままの、くしゃくしゃになった婚姻届けを僕は見下ろす。


『だから、まゆりのこと、真剣に考えてみてくれないかな?』


 ……。



 ……いや、ないない。



 僕らは、ただのおっぱい教徒。


 教徒と教祖。


 ただ、それだけの関係性。



 ……はい、この話終わりッ!

 

 とりあえず、今度コトリさんに、クレームつけに行かないと。



 そう自分に言い聞かせ、僕は鳴り響く本鈴の中、教室へと足を急ぐ。



 ……その時の僕は、まだ、気付かなかった。



 ……これが、僕らの、すれ違いの始まりだということに。

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