第21話 おっぱい教徒2号と、おっぱい様


「……なんかもう、すっかり人気者だな、まゆりん」

「……む。なんですかそれ。……やめてください」


 人気のない校舎の屋上。

 本題に入る前の場つなぎとして、僕が何気なく言った呼び名に、宮歌さんは意外なほど不快そうな反応を示す。


「……いや、やめても何も、さっきの聞く限り、うちのクラスではもう定着してる感じだったけど」

「クラスの方々はいいんです。……でも現野くんに言われるのは何だか無性に腹が立ちます」

「なにその超絶嬉しくない特別扱い! 僕も立派なクラスの一員なんですけど!? まさかお前までも僕をクラスの背景認定するつもりなの!?」

「そんなつもりはないですが、……でもまぁ、事実として、現野くんてクラスに馴染んではいないですよね?」

 悪気なく放たれたであろう言葉が、かえって心に致命傷を与えた。


「……、カハッ! ……おま、なんてことを! 僕の息の根を止める気か!?」

「事実を言ったまでです。それに私としては、同じように一つの事実として現野くんからまゆりん呼ばわりされるとか無理です。虫唾が走ります。」

「済んだ真っ直ぐな瞳で何てこと言ってんの!? てかそこまで言います!?」

「はい。……だって事実ですから」

「事実がもっとも人を傷つけるって言葉の意味、今ようやくわかった気がするよ!?」

 

 涙目で抗議する僕の様子に、宮歌さんはやれやれ、というような表情をみせる。


「別に傷つけるつもりはなかったのですが……。もとはといえば勝手に呼び方を変えてきた現野くんのせいだと思います。自爆です、自爆。……それに私は、その……」

 そこで少し照れたようにはにかみ、


「……『まゆりん』より、『おっぱい教徒2号』の方が好きです。……私らしくて」

 

 生まれて初めて誕生日プレゼントをもらった、少女のような顔をする。


「……悪趣味」

「……それは開祖した人の趣味が悪いからです」

「まぁな。『おっぱい教徒』なんて、ホントどうかしてるよな」

「……はい。間違いないです。頭おかしいとしか言いようがないですね」

「……だな」


 彼女は苦笑いをし、


「……でも、『まゆりん』だっておかしいですよ。勝手に作られたアイドルみたい」


 どこか遠くを眺めながら、そう、こぼした。


 ……。


「まぁ、僕は別にどっちでもいいけど」

 宮歌さんに並ぶように遠くを眺め、


「でもあまり大っぴらに乳首とか言うなよ、2号さんや」

 

 呆れ気味に言う僕の言葉に、宮歌さんはふっと微笑む。


「あと僕は、2号のお前とは違って、注目されるのは苦手なんだよ。だから教室ではそっとしておいてくれると助かる。なんだかんだ、金髪美少女巨乳転校生はとっても目立つから」

「……なるほど。お気持ちは理解しました。……でも」

 

「……残念ながら、そのお願いは聞けません」

「……え、なんで?」

「もし現野くんに話しかけてはいけないなら、これから私はイチおっぱい教徒として、誰に悩みを相談したらいいのでしょう?」

「んーと……ちなみに悩みって?」

「……どうすれば、効率よく乳首ドリルが……」

「終了―、お悩み相談終了―」

「なんでですか、なんでですかッ! こんなに寝る間も惜しんで悩んでいるのにッ」

「ちくドリ(乳首ドリル)程度に悩んでるからだよ!? せっかく人が真面目に悩みを聞こうとしてんのに!」

「何を言ってるんですか、私は大まじめです!! ……ところでところで、ちくドリってなんか可愛い言い方ですね! ダブドリみたいでッ!」


 嬉々として瞳を輝かせるおっぱい教徒2号さんに、僕は頭を抱えて大きなため息をつく。

 呼び方の件は本当にこの際どうでもいいが、教室でこいつに話しかけられる度、クラス中から好奇の目にさらされるのは、正直キツイ。


「……あーもう辞めようかなーおっぱい教徒。なんかめんどくさくなってきた……」

「ちょ、現野さん!? 今キャラとしてのアイデンティティに関わるレベルの、耳を疑うような発言が出てきましたけど!?」


 あわあわと焦った宮歌さんに胸ぐらをつかまれ、ガクガクと振り回されていた矢先。


「……ちょっといいか?」


 気が付くと屋上にもう一人、男子生徒が立っていた。

 

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