第30話 おっぱい様と、彼女の決意

「……いやもう限界だからッ、ちょっともうどうにかしてくれッ!! でなきゃ死んじゃうッ! ほら見てこの生え際! 気持ち後退してると思わないッ!? どうすんだよ勘弁してくれよストレスで殺されるッ!!」


 僕は心身ともに疲弊し、生ける屍のようになっていた。

 ……当然だ。

 なにせ三日の時が過ぎても、今だ宮歌まゆりは撤回の話題すら切り出せず、川上は川上で僕の存在を間違いなく気にしていて圧がすごい。


「……うぐ、だからさっきから申し訳ないです、と言っているじゃないですかッ」


 こちらも憔悴しきった表情で、宮歌さんがうなだれている。

 その声からは、追い詰められている彼女の心情が、ありありと伝わってくる。


「いや、まあな、……わかりますけどね、難易度が高すぎるなんてことは。……でもですね、さすがにもうちょっと頑張っていただかないと……」

「……現野くん、知ってます? 限界まで頑張っている人に向かってがんばれって言うのは、もはや応援の域を超えてバッシングだということを……」


「はああ」と宮歌さんは深ーいため息をついてテーブルに突っ伏す。

 ちなみに今は時刻十八時三十分。

 放課後の撃沈後に自然と行われるようになった、某ファーストフード店での反省会中である。

 狭いテーブル上には彼女の綺麗な金髪が広がり、押し付けられて潰れたおっぱい様に、僕は内心少しドキドキしてもいる。


「……もうさ、いっそのこと、ラインとかで済ませたら?」


 心情的にも扇情的にも目のやり場に困った僕は、今までずっと思いながらもしなかった提案をする。


「……嫌です、それだけは」

「じゃあせめて、手紙とかほかの方法を……」


 言いながら、宮歌さんと目があう。

 彼女は困ったように笑っていて。

 僕は続けようとした言葉を思わず飲み込むしかなかった。


「……ダメなんです。こればっかりはちゃんと直接言わないと。……覚えてます? ……告白の時、『今ここで済ませろ』なんて私の身勝手な要求に、川上君はちゃんと応えてくれたじゃないですか。彼はそこまでしても私に気持ちを伝えてくれたのに……それなのに、私だけ逃げるなんてできません。彼の気持ちに応えられなくても、たとえ時間がかかってしまったとしても、私なりの誠意あるお断りをさせてほしいんです。……もちろん、こんなの自己満足だってわかってますけど……」


 自嘲気味に言う宮歌さんに、僕はまたしても居心地が悪くなり、


「……自己満足、ってことはないんじゃないか? 少なくとも、告白した相手にこんな風に思ってもらえるなんて、嬉しいことだと思うけど。……まぁ、恋愛経験のない僕にはわからない話ですが」


 僕の言葉を聞いた宮歌さんはハッとしたように、


「……そうでした。ぼっちで恋愛経験も乏しい現野くんに弱音を吐いたって、たしかに何の解決にもなりませんッ!」

「言い方! 実際まさしくその通りだけど、せめてもう少しマイルドな表現できませんかね!」

「無理ですね、だって事実ですから」

「事実が最も人を傷つけることの意味、……って、前にも同じこと言ってたな僕」

「ハイ。現野くんのボキャブラリーは、おっぱい様以外、皆無ですからねッ」

「それは大分、否定できないけど!」 


 宮歌さんが、けたけたとおかしそうに笑う。

 

 完全にバカにされた形だが、まぁ、いいとしよう。

 感じていた居心地の悪さは、どこかに行ってしまったことだし。


「……私、決めましたッ」


 ひとしきり笑った宮歌さんは立ち上がり、


「明日の放課後、川上君を呼び出します。……一人でちゃんと、お断りを伝えてきます」

「おま……大丈夫なの?」

「ハイ。……何だかいろいろと考えすぎてしまっていたようです。……でも、もう現野くんにばかり甘えて、ずるずると引き延ばすのは止めにします」

 

 そう言って宮歌まゆりは、ビシッと敬礼をし、


「とっとと解決して、次なるちくドリを追い求めることにします!  それこそがおっぱい教徒2号としての本分ですよね。……現野くん、いろいろ心配かけてすみませんでしたッ」


 すっかり元気を取り戻した様子で、自信たっぷりに笑う。


「……成功を祈っててくださいねッ、おっぱい様にッ」



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