第17話 おっぱい様、よろしくお願いします

 その後、二時間の激論の末、僕と宮歌さんの「男のおっぱいは『おっぱい様』に含まれるか」という、互いの人生をかけた激論が、ようやく収束した。


「――すみませんでしたあ! あなた様の言う通り男も『おっぱい様』に含まれます! ……今後も二言はありませえん!!」


「ふん。やっと認めましたか。本当に頑固で偏屈な人ですね、あなたは」


 ……ええ、負けましたよ。負けましたとも。あれだけ啖呵をきっていたのにも関わらずです。夕暮れの帰り道を半分くらい消化したところで、……大変不本意な形で。


 言い訳に聞こえるかもしれないが、僕が根負けしたのにはちゃんと理由がある。

 お互いの門限に配慮し、舌戦の場を通学路という、公共の場へと移したことにより、この議論を勝利することよりも、周囲への僕の羞恥心が上回ったからだ。

 恐ろしいことにこの宮歌まゆり、道端でも普通に『だって乳首は生がいいじゃないですか』などと口走るものだから、耐えかねた僕が白旗を挙げたのだ。……恐るべし、変態女の執念。


「それで、かなり話戻りますけど、あなた様は、どうしても男の生乳首を見たくて、でも勇気なくてくすぶっていたと。そんな時、おっぱい様にかかわる僕の発言を聞いて熱が再来し、同じおっぱい好きとして信頼できそうな僕に、生乳首の白羽の矢がたったということですね。……で、見てたらどうしてもドリルしたくなったと。で、したと」

「そういうことです」

「まごうことなき変態だな」

「そんな、畏れ多いです、おっぱい教の教祖様には負けます」

「誰が教祖だ、僕はあくまでも信徒の一人であって、崇拝されるべきなのはおっぱい様のみだろう!勘違いするな!」

「ハッ、その通りですね! ……おみそれしました! おっぱい教徒一号さん!」

「わかればよろしい! 二号よ」

「ははー!」

 ぷッ、と、どちらからともなく笑みが漏れる。


 夕暮れの帰り道、僕たちは互いに笑い合う。

紆余曲折あれど、その趣味嗜好に若干の違いはあれど、同じ穴のムジナとして、やっと同じ方向性をみることができた気がした。


 ひとしきり口元を手で押さえるようにして笑った宮歌まゆりは、

「……不本意ながら、知られてしまったことには仕方ありません」

 そう言って、僕へ右手を伸ばし、


「……その、これから、よろしくお願いします、現野くん。……同じおっぱい教徒として」


 金髪美少女よろしく、宝物のように尊い笑みを見せる。

 それはそれは漫画のような素敵な光景で。

 彼女の手を取った後は、ハーレムラブコメよろしく、僕の未来にはドタバタな日常が待ち受けている予感に溢れている。


 僕は彼女の笑顔へ返すように微笑み、

 そっと手を伸ばして……、

 できるだけ爽やかな声で指摘する。




「……視線、僕の乳首しか見てませんけど?」




「……」

「……」

「なんなら見せてくれても……」

「お断りします! 絶対嫌だ、てか近寄るな」


 僕は踵を返し、スタスタと帰路に就く。


「えええ! ちょ、何でですか、何でですかッ!?」

「わたくし、現野夢人、隙あらば乳首ドリル狙ってくるような方とは、遊んではいけないって、親に言われてますんで!」

「待ってください現野くんー! 先っぽ、先っぽだけでいいからー!」

「その先っぽが問題なんだよ! いや、ちょっと追いかけてくんなッ、こっちくんなッ」

「家の方向一緒なだけですから! ちょ、全力疾走しないでくださいッ!」

「じゃあ追いかけてくんなやー!」

「だってあなたが走るからー!」

 

 そうして僕らはいつもの通学路を二周くらい疾走してから、お互いに疲労して無言で別れるという、よくわからない下校を果たした。


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