第16話 あやまってください、おっぱい様

「……えと、今なんて?」


「だから、男の人のおっぱい、つまり、乳首や胸板を愛しているってことですよ」


 ……。


 思考がぐるぐると回転して彼女の言わんとした意味をようやく理解し。


「――キモッ!!」


「ええッ!? ひどっ!! そんなことないです! ってか、自分のことはタナに上げといてよくそんなことが言えますね!?」

「いや男のおっぱい好きは圧倒的多数派だから! 大小違いはあれど極めて一般的なノーマルな感性だから! ……それにひきかえ男の乳首って……ヒェー、ひくわー!!」


 両手で自身の身体を守るように抱える僕の様子に、

「ななななんですかその、原始時代にも匹敵するような男尊女卑な主張はッ! せっかくあなたなら、って思ったのに!」


 宮歌さんはワナワナと全身を震わせ、

「そんなこと言ってる人が、おっぱい様を崇拝してるなんて矛盾もいいとこです!! おこがましいのはあなたの方じゃないですかッ!」

 ビシッと僕の方へ指をさし、


「……あなたこそ! おっぱい様に謝ってくださいッ!!」


 その言葉が、僕のおっぱい様への信仰心に火をつけた。


「ちょっと待てッ! それとこれとは話が別だッ!」

「いいえ別じゃないです! おっぱいは男から見た女だけのものなんて、一体だれが決めたんですか!?」

「だって! そもそも男っておっぱい、出ないじゃん!」


 キッと強い視線をかわし合い、僕と宮歌まゆりの顔がすぐ近くに寄る。


「……いよいよ完全なる女性蔑視の姿勢に入りましたね!? 世の中の全ての母乳が出ない女性に謝ってください! ……いいですか! 男性にも! 乳首がついている! これこそが、たったひとつの揺るがない答えで、この世界の真実です!!」


「一緒にすんなや! じゃあてめぇは父親のおっぱい吸ったのか!? 父親のおっぱいから心理的安定をもらったのかって言ってんだ! そんな物理的な屁理屈とかじゃなく、おっぱいは深層心理に深く結びついた、無我の領域なんだよ!」


「むむむー」と、

 超至近距離で互いに睨み合い、あーだこーだと、相手の主張を断固拒否しあう僕と変態・宮歌。

 内容が内容だけに、僕もまったく譲る気になれない。そしてそれは、相手も一緒なのだろう。それ以外のことなんか、その時はどうだってよくなっていた。

 

 だからこそ、僕たちは気付けなかったのです。


 そこが、学校の保健室で。

 男子と女子が二人きり、ベッドの上で、顔を今にも触れる距離まで近づけて、膝立ちで向かい合っている。

 しかも、男子は上半身裸で。

 客観的に見ればその様子は、それこそ男女の爛れた関係に他ならない光景だということを。


 ――そして、僕が閉めたはずの扉が、いつの間にか少しだけ開いていたことも。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る