第42話 女バス部と、おっぱい様


「あー、ねむーい! だるーい!」

「こんな早くから朝練とか、ほんとうちはブラック部活だよねー」

「こらそこー、文句言わないー! 部長に見つかったら、怒られちゃうよー?」

「へーい」


 途端に姦しくなる体育館。

 間違いない、これはバスケの成績よりも、部員たちのおしゃべりの方が有名な、他でもない、豊房高校女子バスケットボール部ご一行だ。


「……じょ、女バス!? もうッ!?」


 焦った様子の銀髪おかっぱさんと対照的に、僕は冷静に状況を確認する。


 早朝の体育館倉庫、不自然に広げられた運動マットの上。

 そこにいるのは僕と、服がはだけて涙目になっている銀髪美少女だけ。

 

 極めつけには、その少女に跨るようにして膝立ちになっている僕の体勢。


 ……はい、激ヤバでーす。


「あ、ど、ど、どうしようッ」


 同じように状況のヤバさを直感したらしい銀髪は、またしてもうるうると目を潤ませている。

 ……いや、そもそもあなたが用意した状況ですからね、これ。


 そう伝えてやりたくもなったが、ホントに取り付く島もない彼女の様子を見て、


 ……ええい。


 僕は、決意した。



「ちょっと、――僕に、任せて」


「……え? あ、あの任せるって……」

「いいから、隠れて!」


 そうして僕はくるりと振り返り、


 ガチャン、とタイミングよく開錠された扉を、


「――やあ、おはようッ!!」

「――きゃああああああああ!!」

 

 勢いよく宮殿開きにして、女バス部員たちを恐怖のどん底に叩き落す。

リアクション芸人顔負けの、素晴らしい慌てようを見せてくれた女バス部員たち。


「おおばけッ!? 不審者ッ!? ……と思ったらなんだ、現野か。……はぁ、驚かすなよー」


 その中でもいち早く冷静になったのは、同クラスの女バス部員、笹川C80お椀さんだ。


「……笹川先輩、えっと誰ですか、この不審者?」

「え、お前知らない? ……ほら、ちょっと前にまゆりんをゲスの極み男から救ったという、あの現野だよ?」

「……ハッ! じゃあじゃあ、この人があの……!」

「そう、あの噂の……」


 そこで笹川さんはびしっと僕を指さし、


「『――おっぱい様にあやまれ』の変態おっぱい教祖様、現野だッ!」


 ……。


「おおー!!」と途端に身を乗り出してくる女バス部員たち。


「本物の変態じゃん! 初めて見ました!」

「やばいやばい、……でも思ってたよりなんか地味ですね!」

「ねえねえ、教祖様ッ! おっぱい様にあやまれって言ってみてッ」


 一瞬で彼女たちのオモチャへとなり下がる僕、現野夢人こと、おっぱい教祖。


 それにしても、挨拶しただけなのにここまで盛り上がっていただけるとは。変人冥利につきますね、こりゃ。

 

 ……ただ、一応言っておくが、この反応も僕の計算の内だ。

 ここ二週間くらい、面白がってくる野次馬たちへ対応を重ねた結果、微妙な耐性がついた感は否めない。


 ……だから僕があえて客寄せパンダになることによって、銀髪を逃がす隙を作る!


 それこそが、僕の作戦だった。


「……ところで、変態教祖さんはこんなところで何を……?」


 その質問に、僕は待ってましたと言わんばかりに即答する。


「……誰が変態教組だ。もちろん皆さんに伝えに来たんですよ、――おっぱい様にあやまれ、って!」


 瞬間、黄色い歓声が辺りへと飛び交い、


「きゃー、おっぱい様にあやまれ入りましたぁー!」

「ホントに言ったー! すごーい! ちょ、ムービーとってもいい?」

「やだー、私あやまりませーん、教祖様―ッ」



 ……前言撤回。……やりづれぇ、コイツら。

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