第41話 おっぱい様と、子づくり
「……まゆりにしたことと、同じことをボクにするだけじゃないかッ! ほら、早くしてよッ! 月の日の関係もあるし、ボクには時間がないんだ!」
そう言ってほとんど半ベソをかきながら、彼女は強引に自分のブラジャーを……、
「いい加減にしろッ!!」
僕の鋭い声にビクっと反応し、銀髪おかっぱの手が止まる。
「自分のおっぱいを安売りするなッ! そんなことしてもらわなくても、おっぱい様はすでに十分魅力的なんだよッ!!」
僕は半ば強引に彼女の両手首をつかみ、露出を阻止する格好になる。
銀髪おかっぱは、はらはらと涙のしずくをこぼしながら、馬乗りになった僕を見上げている。
「だからお前、おっぱい様に……くっ」
その怯えた表情が、中途半場にはだけた姿が、あまりにも無垢というか無防備というか、あられもない感が半端なさすぎて。
僕は強烈な罪悪感にかられ、最後まで決め台詞を言いきれない。
「……っ」
「……」
そのまま互いに何も言えずに視線をそらし、
「……ていうか、僕、子づくりとかやってませんし」
「……え?」
ポカン、と彼女が一気に間の抜けた反応を漏らし、次の瞬間には身を乗り出してくる。
「そ、そんなわけないッ! だ、だって、ボク、確かに保健室でキミとまゆりが……その、……裸でベッドにいるところ、見たんだからッ!!」
そう言って突き付けられたのは、スマホ上の一つの画像データ。
保健室の入り口の隙間から、ベッド上で向かい合う宮歌さんと、上半身裸の僕の姿が激写されている。
正直写真だけで見せられると、いかにも、な感じだけど……。
「……あの、じゃあ、聞くけど、この後どうなったのか、とかはちゃんと確認しました?」
「な、そそそんな生々しいところ、盗み見できるわけないじゃないかッ! 何考えてるんだキミはッ! 変態なのかいッ!?」
「なんという理不尽な言いよう! ……じゃあ言わせてもらいますが、あなたは僕と宮歌さんが実際に、そういう関係を結んだ瞬間を目撃したわけじゃない、それでも、僕が彼女とヤッたと言える根拠は一体どこにあるんでしょうねッ!?」
僕がズバッと指をさして、どこぞの裁判めいた指摘をすると、
「……こ、根拠はあるけど……、それは、キミには言えない……まだ」
もじもじと口ごもる彼女に、僕は業を煮やして、
「じゃあ、こっちが言ってやりましょう! ええ、もうこの際相手方のプライバシーとか関係ないですわ! 僕は、ただ、あの変態、宮歌まゆりに乳首ドリルをされていた! ……それ以上も以下でも全く何もございませんッ!」
言ってしまってから、僕は自分の発言のリスクに不安になる。
そもそもこの銀髪おかっぱ、僕としては呼び出されて初対面だし、何もわからない。宮歌さんのことを『まゆり』呼ばわりする辺りで、親しい関係が伺えるものの、宮歌さんの言って憚られる変態ご趣味を知っているとは限らないからだ。
秘密にしていたのに、第三者から漏洩する、うん、僕なら死んでも避けたいパターンだし。
「ち、乳首、ドリル……?」
しかし銀髪おかっぱは目を瞬かせて、
「……ほ、本当に、それだけだった?」
その確認に、僕は密かに胸をなでおろす。
これは、宮歌まゆり=ちくドリ変態少女の前提が頭に入っていた反応だ。つまり、まず乳首ドリルをしたことは別に変なところはない、と言っているのと同義の確認だ。
「ええ。一度ドリられたところで、結局おっぱい様についての議論になり、そのまま議論が収束しないまま下校時間になったので、二人して帰りました」
「そ、その後はッ!? 二人で帰った後に何かあったとかッ!?」
「いえ、特に何もなく、ただ、再びちくドリを狙ってくるヤツと、阻止しようとする僕の走力による持久的攻防が繰り広げられ、……疲れて帰ったきりですね」
「……な……そ、それじゃあ……本当に?」
「ええ。……何も、無かったっす」
「はううう」
僕の目の前で、銀髪おかっぱが力なく崩れ落ちる。
そりゃそうだろう、だって彼女的には、宮歌さんと僕が懇ろな関係になっていた前提で、『妊娠させてほしいんだ』とか『孕ませてくれ』とか言っていたのだろうから。
宮歌がOKなら自分も、という論理はよくわからないけど、とにかく銀髪おかっぱさんのシングルトラディショナルジャパニーズレスリングが露見してしまったわけで。
その証拠に、おかっぱさんは、ふるふると全身が小刻みに震え、てっぺんからつま先まで、茹で上がったかのように真っ赤になっている。もうすぐ湯気とか出てきそうだ。
「えと……その……ドンマイ」
「……ッ! ……ぐす」
うるうると大きい瞳がますます緩み、……いや、もう泣いちゃってるじゃないですか、どうするんですかこれ。
その時。
ガラガラ、と。
体育館の扉が多人数によって開けられる音が響いた。
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