第37話 教祖様と、おっぱい様


「まったく、どういうことだったのでしょうか、私は未だによくわかっていません。……そして現野くん、どうして未だに誰も私の質問に答えてくれないのでしょう?」

「……まだ言ってたのか。いい加減、話題アップデートしたほうがよくないですか?」


 いつものファーストフード店での反省会。

 といっても川上の告白は川上自身によって撤回されたわけだし、その後おっぱい教徒三号が、期せずして誕生した今となっては、今さら反省することなどないのですが。


「いやー、それにしても不思議なことってあるものですねー。おかげで準備してた一世一代の謝罪がムダになって、私としては少し拍子抜けです」

「……一世一代の謝罪って、……まさかとは思うけど、宮歌さん、土下座とかじゃないよね?」

「ななんでわかったのですッ!? 現野くんはおっぱい教徒として新たな能力を会得したのですかッ!?」

「いやおっぱい教にそんな怪しい特殊能力とかないから。純粋な勘だよ勘」

「勘ですかッ!? おっぱい教祖様クラスになると、ただの勘ですらそのレベルの精度にッ!? さすが教祖様ッ! 脱帽です!」

「……おいおい、お前もか。教祖様はやめてくれ、って、前にも言ったはずですが?」

「……え? 何言ってるんですか現野くん。だってもう定着してるじゃないですか、うちのクラスで」

「……え?」


 言ってることの意味がよくわからない。

 そんな僕へ、

「……だってほら、クラスのライングループで」

「――あったの!? やっぱあったの秘密のクラスライングループ!? 僕もう見る前から泣きそうなんですけど!!」

「……あ、いえいえ、誤解しないでください、ほら」


 そっと手渡される宮歌さんのスマホ。

 おそるおそるその内容を確認すると、


『現野△』

『おっぱい教徒スゴ』

『教祖様 笑、でもかっけー』

『俺男だけど惚れたわ』

『教祖様』

『教祖様△』


「絶賛されてるッ!? 何で!?」


 悲鳴にも似た驚愕の声を僕は上げる。


「はあ、正直私には、情報が断片的過ぎてよくわからないのですが」と前置きし、


「現野くん、ついにクラスの皆さんへおっぱい教徒をカミングアウトしたのですね! ……私、心から尊敬します! あんな人へ知られるのを憚れるような趣味を公表するなんて! しかもしかも、それでいてここまで称賛されるなんてもう、尊敬を超えて崇拝してしまいそうなくらいです! さすが教祖様ッ、一生ついていきますッ!」


 僕とは対照的に、目を輝かせて歓喜する宮歌さん。

 その発言内容はさておき、このライングループを見る限りは、僕の勢い余ったカミングアウトと説教、どちらもクラスの連中には、どちらかというと好意的に受け止められているらしい。

 まぁ、注意深く見ると、野次馬が盛り上がってネタにされてるだけなんだけど。

 なんにせよ、予期せぬことではあるが、僕の脳裏に再びよぎった『社会的生活の終わり』には到底至らない事態で本当に良かった。



 ……まあ、でも? 結局? このクラスライングループとやらには、ご招待いただけてはいないようですが?



「……現野くん? どしたんですかそんな真顔で目を見開いて、気持ち悪いですよ? あ、それと今日は私が奢りますからッ。色々と迷惑をかけたお詫びです」

「マジ!? いいんですか!? やったああ!」

「ハイ。どうぞ好きなだけ食べてください、どんな高いものでもいいですから」

「やだー、宮歌さん太っ腹ッ」

「女子に向かって太っ腹とはなんですか、私にだってそれくらいの義理はありますから。……これはあくまでお礼でありお詫びで……」


 そこでチラリ、と視線が外れたことを、僕は見逃さなかった。


「……あの、宮歌さん?」

「? なんですか現野くん、頼まないんですか?」

「いえ、違ったら大変失礼と思いますが、……あなた、僕に無理やり貸しを作って乳首ドリルしようとしてません?」

「……」

「……」

「…ッ…」

「……図星なんですね?」

「……」


 僕はさっと荷物をまとめ、


「……では、お暇いたしますッ」

「……待ってください現野くんッ! ふ、フルーリーとナゲットもつけますからッ」

「安ッ! 宮歌さん僕の乳首を一体何だと思ってるのッ?」

「……例えるなら、ダブルエッグチーズバーガーくらいですかね」

「立ち位置が微妙ッ!!」


 こうして僕と宮歌さんの『告白の返事を撤回する会』は幕を閉じる。

 

 後で冷静になった僕が、「あれ、そういえばあの『おっぱい』約束、うやむやにされたままじゃねッ!?」と気が付くのは、もう少し後の話です。

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