第44話  おっぱい様ともう一人の転校生


「あ、あの……ッ」


昼食後。

 トイレを済ませた僕へ、例の銀髪おかっぱが声をかけてくる。


「……朝は、その、……ボク、えと」


 声をかけて早々なのに、顔を赤くしてたどたどしくしている彼女。

 もごもごと、何やら伝わらない音声を垂れ流している。

 そうこうしていると、


「あー教祖様だー」

「今朝ありがとーございましたッ!」

「また教えてねー!!」


 女バスの一年生集団が遠くから絡んでくる。

 結局あの後、何故か後から来た部長も巻き込んで、ふわふわおっぱいストレッチを伝授することになったのだけど、それ以降、女バスによる僕の評価は、『変人』から『専門家』もしくは『インストラクター』的な立ち位置へと変貌したようで。


「あー、教祖様、浮気してるー!」

「いいのかなー、まゆりんに言っちゃうよー?」

「おっぱい様にあやまれぇー」

「うるせー!! 誰が浮気だ! ……ってか今、どさくさに紛れておっぱい様バカにしたヤツ、ちょっと出て来いや!」 

「きゃー、教祖様が怒ったぁー! みんな逃げよー!!」


 きゃーきゃー、と黄色い声を上げて逃げていく彼女たち。


 ……何ですかこれ。


 今なら、『毎日生徒にからかわれる系教師』の理不尽さが、少しだけ理解できる気がします。


「……つ、疲れる……」

「……あの……なんか、大丈夫かい?」


 憔悴する僕の様子に、銀髪おかっぱさんは、冷静さを取り戻したらしい。


「……その、朝は……すまなかった。……勝手に早とちりして暴走した挙句、見ず知らずのキミにとっても迷惑をかけてしまった。……この通りだよ、許してほしい」


 綺麗な銀髪を揺らし、彼女は僕に頭を下げた。

 そんな少女へ、僕は。


「えと、顔を上げてくれません? ……たしかに予想外の結果にはなったけど、……正直この状況は、そこまで嫌いじゃないというか。……ただのおっぱい好きの変態が、一応曲がりなりにも、女バス部員の皆さんの役に立てたことが、結構嬉しいというか。……だからその、謝られるよりは、どっちかと言うとお礼を言いたいくらいなんで」

「……お、お礼?」

 銀髪おかっぱさんは声を裏返らせ、

「……キミは、……なかなかに変わった人だね……」

 珍しいものを見るような目で僕を見つめてくる。


「あの、……」

 彼女は再び、僕へ多少緊張しつつ、


「……少し、話したいんだけど。……いいかな? ……その、まゆりと、キミの件について、なんだけど……」


 その問いへ、僕は。


「……もちろん。実は、僕も君と話がしたいと思ってたんです。……こっちから聞きたいこともいくつかあるし。……まぁでも、ここじゃなんだから、どこか場所を変えて……」


「じゃ、じゃあ、」

 パア、と顔に明るい色が差した彼女は、


「体育館裏に行こうッ!」

「――いや体育館周り好きだな、お前!?」

「え、……そうでもないけど、……イヤ?」

「嫌ではないけどさ! ……なんか、場所がまた変に誤解を呼んだりしないかな、と」

「あー、そ、その件は本当に申し訳なく……」

 

 途端にしゅんとした顔を見せ、僕はいたたまれなくなる。


「いや、いいんだけどさ! だーもうめんどくさい、ほら行きますよ、体育館裏ッ! 僕の考えすぎでした、すいませんでした!」


 僕は強引に体育館裏へと舵取りをし、


「……あれ? そういえば、君、名前は?」


 銀髪おかっぱさんは、「あ、」と慌てた様子で、


「……貝塚、言理だよ。二年A組、まゆりと同じ、これでも、転校生なんだ」


 えへへ、と無邪気に笑って言うその姿は、地味ながら、紛れもない美少女のそれだった。


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