第40話 体育倉庫と、おっぱい様


「――ボクを、妊娠させてほしいんだッ!!」



 早朝。

 なんとも清々しい快晴の朝。

 川上の一件のほとぼりが冷め、周囲の野次馬たちの僕への興味が、なんとなくひと段落してきた頃。



 ――朝の体育館倉庫で放たれた言葉に、僕は思わず耳を疑った。



「……ええと、聞き間違い、かな?」


 ああ、そうですそうです、聞き間違いに違いないです。だって早朝からわざわざこんな陰キャ呼び出して、新婚初夜かと錯覚するほどの一言を放つモノ好きなんて、どこの世界にいるんすか。


「……冗談はさておき、例の写真の件ですが……」

「冗談!? 失敬な、ボクは本気だよッ」


 そう憤った銀髪少女は、その端正な顔を真っ赤に染め、


「――ボクを、孕ませてほしいんだッ!! ……今、ここでッ」


 強引に僕の首へと手を回し、さながら柔道の足払いで全身のバランスを奪ってくる。


「え、ちょ、ちょ、ちょッ!」


 自分の体制を維持しきれなくなった僕は、半ば彼女を押し倒すような恰好で、意味ありげに用意されていたマットへと倒れこむ。

 突然の出来事にパニックになる僕だが、


 むにゅ。


 ……ファッ!?


 手のひらに広がる、柔らかな感触に言葉を失う。


 ……いやいや、だまされるな僕。どうせまたあれだろ? ボールとか、その辺の柔らかいものを掴んだだけっていう、いつものラノベ的テンプレカン違いでしょ?


 そう思って僕は目下の光景を確認することにした。


 まず目に入ったのは、


「……っん」


 乱れた銀髪おかっぱの間から覗く、紅潮した頬、美少女の潤んだ瞳。


「……っは」


 彼女の手は、僕の手をぎゅっと掴み、


「……っん」


 その手に促されるようにして伸びている僕の手は、


「……ッ!!!」


 ――推定E85半球の、彼女のおっぱい様を鷲掴みにしていた。



 ……。


 ……。


「――う、お、お、おおおおおおおっぱい様アアアアアアアァ――――――――ッ!?!?」



 ピシャアアアア、と、まるで電撃が身体を駆け抜けたかのような衝撃を受ける僕。


 たった今現在進行形で起こっている、人生最初にして最大の出来事に、僕の頭と心は完全に置いてきぼりになる。


 そんな僕とは対照的な銀髪おかっぱは、


「……はぁ、はぁ、何してるのッ? ……その、早くしないと、女バスが部活の朝練に来ちゃうじゃないか」


 滑らかな動きでブラウスのボタンを外し……って、


「いやいやいやいやッ! ちょっと待って!? こんないきなり早朝からッ!? 僕らまだ初対面ですよッ!? てかそもそも、……に、妊娠とかッ!! 物事にはじゅじゅ順序というものがッ!」

「……順序なんてどうでもいいじゃないかッ! ボクは女子として、キミに妊娠させられたいと思ってるんだから! それ以外に何か必要ッ?!」

「必要ですから!! 時間とかタイミングとかムードとかいろいろあるんですッ」

「この状況で、何今さら乙女みたいなこと言ってるんだ! さぁ、早く抱いて、キミの下半身でボクを、孕ませてくれッ!」

「な、なんて直球なッ! ……できるかーッ!!」

「できるはずだよッ! ……だって」


 そこで銀髪おかっぱは、顔を真っ赤に染め、涙目で叫ぶ。



「――まゆりとは、もう、子づくりしたくせにッ!!」



……。


……え?


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