第10話 おっぱい様と採用面接


 ギクッ、と。

 僕は身体を硬直させ、ぎこちない動きで宮歌さんへ振り返る。

「ええ、まぁ、てかどうしてそれをッ?」

「あ、あのですね、昨日あれだけ声高に主張されていたので、てっきりクラスの皆様も自明の事実かと思いまして。……でも聞くと、どうやら知らなかったようなので……」

 思わず「いやいやいや!」と口を挟む。

「『――知らなかったようなので』……その後どうしたんですか!? まさかとは思いますが、『私が広めといてあげました』みたいなアレですか!? トドメさしに来たんですか!? 死人に鞭うつかのように!」


 ……やはり僕の社会的生活は終了していたか、と僕は真っ青になるが。


「? ……いえ、内容が内容だけに勝手に拡散するのも悪いと思いまして、謝るついでに確認してみようと思ったのですが……」

「有能ッ! 今どきの若者に珍しくホウレンソウできる子だこのコッ! 僕が企業の採用面接担当者なら、今すぐ採用しているところだったよッ!?」

「はぁ。ありがとうございます。……とにかく、その顔色から察するに、他言無用というわけですよね? ……そっと胸の内にしまっておいてほしい、という……」

「ど有能ッ!! わざわざ言葉にしなくても、ニーズを瞬時にくみ取って相手にあった提案という、まさに熟練の営業社員のような荒業ッ! 新卒どころか、即戦力の実力派中途採用者みたいな風格だよ、このコッ!!」

「……はぁ。言ってることよくわからないですが、とりあえず、おっぱい教徒さんのことはクラスの皆さんには黙っていようと思います。……それでいいですよね?」

「はい! 今後とも、どうかごひいきにお願いいたします!」

 商談の成立した、中小企業の中間管理職レベルに腰を曲げて、僕は宮歌さんに頭を下げた。


(……なんだ。ちょっとずれているけど、話してみると思ったよりずっと気づかいのある人じゃないか。杞憂して損したパターンですね、こりゃ)


 下を向いたまま、自分の社会的生活が保障されたことへ、僕は思わず笑みがこぼれた。宮歌さんも僕の様子を見て、にっこりと笑い、


「……そのかわり」


 ……ん?

 僕は、もっと早く気が付くべきだったのです。双方にメリットのない取引など、どんなに優しいビジネスマンでも、成り立つはずがないということを。


「……私のお願いも、聞いてくれますよね? ……何でも」


 小首をかしげて少し頬を赤らめつつ、僕に告げる彼女。

 その一見すると可愛らしい笑顔は、新卒OLの初々しさや、実力派の営業マンの爽やかさなどではなく。


僕に言わせれば。


(――八、九、三ッ!?)


……そっと突き付けられた銃口のように、ずっしりと重たい笑顔でした。

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