第43話 筋トレとおっぱい様

 

 僕はこほん、と一つ咳払いをして、


「そんなこと言っていられるのは、今の内ですよ。……前から言おうと思っていたんです。――皆さん、おっぱい様のことで悩んでいるんでしょう!?」


「……え、いや……別に」

「……隠しても無駄です。……僕の知る限り、運動部の女子には共通する悩みがある。……それは、ずばり、筋肉をつけなければならないことッ。……違いますかッ?」


 僕の指摘に、女バス部員たちは一気に身を乗り出す。


「そ、そうなんですよ! スピードとか強さを強化するためには、どうしても筋トレが必要だし、でもやっぱり筋肉ってかわいくないんですよね!」

「私なんてすぐ脚太くなっちゃうし!」

「かといって筋トレサボると勝てないし、それは嫌なの!!」


「ああ、その通り。皆さんの言ってることはよくわかります。でも僕は、あくまでおっぱいのことだけについて言わせてもらいますッ」


 そうして息を吸い、


「――そんな筋トレばっかりやってたら、せっかくのおっぱい様がカタくなっちまうだろうがッ!!! 恥を知れッ! ……おっぱい様にあやまれッ!」


 前々から思っていたことを言葉にする。


「いいか、カタくなったおっぱい様にいいことなんてないッ! リンパや血の流れも悪くなって、女性ホルモンのバランスが崩れ、月経痛に影響を及ぼすことだってあるんだぞッ!? ……そんな風になって、そもそもいい試合なんてできるのか!? 一時の部活だけのために、おっぱい様を傷つけて、その後、本当に良い人生が歩めるのかッ!? 後になって我に返った時には、もう遅いんだッ! 取り返すことが出来ないんだッ!」


 僕の話を、食い入るように聞いている女バス部員たち。


「……だから僕は今、皆さんへと問いかけたい! 今すぐ始めようじゃないか! 今ならまだ間に合います! もちろん筋トレを完全に止めろなんて言いません、ただ、プラスアルファでケアをしてほしいんですッ! 皆さんが、ふわふわの本来あるべき、健康的なおっぱい様を取り戻すために! ……そして、そのおっぱい様で自分自身が幸せになるためにッ!」


 高らかに拳を掲げて演説をする僕へ、


「おおー!」と、ざわめきが起こる。


「へ……変態! ……でも、おっぱいについて言ってることは、すごく的を得てます」

「たしかにね、言うのがお前じゃなければ、って正直思うけど」

「……でも何故か、一周まわっていやらしさを感じない不思議」

「お、教えてください教組様ッ! おっぱいをケアする方法をッ!」


 次々と身を乗り出し、僕に教えを請う女バス部員たち。

 その姿に僕は内心、ちょっとした感動みたいのなのを覚える。


 ……こいつら。口は悪いのに、なんて真っ直ぐな……!


 よし。こうなったらこっちも本気で。


「わかったッ! 皆さんの熱意は十分に伝わりましたッ! じゃあ、さっそく皆さんに『おっぱい様をふわふわにするエクササイズ」をお教えましょうッ!」

「おおおー!!」

「じゃあみんな隣と距離をとって、まずは両手を挙げて! そして肩甲骨を動かすことを意識しながら! 右手と左手を交互に上げ下げしよう!」

「……ハイッ!」

「オイ、そこ、何やってんだ筋トレするわけじゃないんだぞッ! 力を抜いて、背中や肩の緊張をほぐすことから始めてッ!」

「……ハイッ!」

「そう、良い感じだッ! じゃあ、次は両手を水平に広げて、左右逆方法にひねりながら、わきの下のリンパを刺激するッ! 手首を返すだけじゃないぞ、肩から動かすイメージだッ」

「ハイ! 教祖様ッ!」


 その時ガラリと体育館の扉が開いて。


「……みんな、おはよーっす! ……って何コレッ!? エアロビ!?」


 女子バスケ部の部長の驚きの声が、体育館に響き渡る。


「何してんだみんな! 遊んでないで早く朝練を……」

『――部長ッ!! シャーラップッ!!!』

「なんで私が怒られんのッ!?」


 あまりの理不尽さにショックを受ける女バス部長。


 ……その片隅で、ひっそりと体育館の扉が閉まったことは、僕だけが知っている。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る