売買のヒント その⑤ 簡単なチャートの考え方

「みて小春このチャート。今は力を溜めているって感じしない?これそろそろ噴くよ。」


 彼は腕を組みうんうんと頷き、まるで出来の良い息子を見つめるような眼差を画面に向けている。もちろん私には彼の言っていることはさっぱり分からない。私が株を選ぶ時になんとなくやっていることといえば、第一に自分が狙える圏内の値段であるかはもちろん、何をしている企業か、配当利回り、自己資本比率や大株主、表面的な業績、たかだかそんなものだった。スクリーニング機能の使い方もわからずによくそんな色々な低位株を探してきたもんだ。


「…私さチャート、いまだによくわかんない。」


「え、まだわからないの?うーん…本当は自分で学んで理解して欲しいんだけど…仕方ないなあ。今日は調子がいいからちょっとだけ特別に教えてあげるよ。まあ、毎日見ていたら自然と読めるようになるけどね。」


 そういうと彼は大きなモニター画面に向き直る。眼鏡の奥の瞳に熱がこもる瞬間だけは、ちょっとだけ格好良い気もするけど…。あのう、でも服は着てて欲しいなあ。


 そしてほぼ生まれたままの姿の彼の講義が始まる。私も眉のない酷いすっぴんに、彼のよれよれのシャツとトランクス姿なのでまあオアイコなのかしらん。


 彼はカタカタとキーボードへ何かを入力すると、どこかの企業のチャートを画面に広げた。しっかりとした、スタートから最後まで上昇を描くチャートだ。彼はくるりと向き直り、眼鏡をかけなおすと画面を指さした。


「これ、わかる?例えば…ここで買っても、ここで買っても、損しないよね?」


 株価というものは変動するもので、今日買っても明日下がったり、上げたと思えば下げたりすることは私も経験済だが、なるほどそのチャート上では、一時的に下がりはしても下げたところからまた上昇し、次は下げた場所より一段と高い位置にいる。上昇トレンドって、きっとこれか。


「はあ、綺麗なチャートだ…。どこで買っても売ってもプラスだ…株主は幸せだな…。」


 顎に手をやり、うっとりとする彼。


「…ま、僕は基本、小売り業は買わないけど。」


 持ってるんじゃないんかい!というツッコミを済まして次だ。ちなみにそれは洋服を主に扱う勢いのあったネット通販の会社だ。


「…で、次はこれね。」


 出てきたのは右下がりのチャートだ。可哀そうなくらい、ひたすら下がり続けている。彼はペン先をくるっと回すと…足元に落ちた。慣れないことしなくていいってば。そして気を取り直してこう続ける。


「わかる?…ここで買っても損してる、ここで売っても損してる、またここで買っても…損してるよね?」


 確かに画面上ではそうだ。でも、ほら、安い時に買って、高い時に売るそういうのが株のセオリーじゃあないの?


「ヒロさんでもさ、もしかしたら上がるかもしれないじゃない?」


「…そこなんだけどね、逆張りって割と初心者や日本人は好むんだけど、底がどこがわからないのが怖いところなんだよ、どこまで落ちていくか、誰にも分らないだろ?買った値段にいつ戻るすらわからない。小春みたいな初心者は逆張りより、まず順張りを覚えたほうがいいと思うけど。テクニックのいることより、最初は王道をやることをおすすめするよ。」


「むう…。」


「それから日本人って株はやらないのにFXはやってる人って結構いるんだよ、日本人って、結構ギャンブルが好きなのかもしれないね。」


 そうだ、そうなのかもしれない。時は江戸時代。現代ではどうなのか知らないが、時代劇でよく見るサイコロを使った賭博「丁半」がある。「偶数を丁」、「奇数を半」とする単純に1/2の確率を当てるゲームである。「半!」「丁!」など威勢よく奇数!か、偶数!を叫び、1/2の確率によってあるものは身を滅ぼし、1/2の確率の確立によってあるものは殺されてしまったのだ。(時代劇参照)


まあ、時々は忍びのお偉いさんがガリっ!と何度やっても1/1の確率になるペテンを見抜いていたのかもしれないが。


それはともかく、そういう気質を私たちは持ち合わせているもかもしれない。私は関心しながら、チラッと彼のモニターに映る別の情報を読み取ろうとしたがすぐに断念した。理解が追い付いていない事と、数が多すぎだ。


奇数か偶数に人生を賭けた昔の人々に想いを馳せながら、今日もまた、自分の無知さを私は学んだのだ。

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