キャッシュレス化と感傷
彼に見習いキャッシュレス化を始めた私だったが、初めのころはふと、虚しさを感じることがあった。____一体、お金ってなんなんだ?
そう思った
給与として振り込まれたお金が通帳にデジタルの数字で刻まれる。そうして月末にはデジタルの数字で引き落とされる。実際にお金を使用し、それを対価として払っているはずなのに、それらが目に見えない動きになったのだ。今までであれば銀行から現金を下ろす、現金が財布の中にあり、それを手渡しで支払う。財布の中の現金が減れば現金を下ろす。それが当たり前であったのに、今ではその流れはタダの数字として毎月刻印されるだけだ。
毎月労働の対価としての給与の数字が刻まれて、月末に同じだけの数字が引き落とされた数字として消えていく。転職したばかりなのもあって貯金もなく、まだしばらくは収入と収支はほぼ同じだ。なんだろう、凄く虚しい。数字が入って、消えていく。それを眺める。
彼にもその虚しさを伝えてみたがなんのことやら理解できないようだった。言葉の最後にはいつものように「早く借金返しなさい、金利が」と叱られる。
とはいえ、クレジットカードと連動しているアプリを監視することが趣味になりつつあったので、自分が一体何に支払いをしているのかは現金を使っているときよりは明確になった。結構コンビニでドリンクに使っているなあ、とか、大きな買い物をしない限り大体毎月の平均利用金額は同ように推移するとか。(まあ、それは当たり前なんだろうけどね。)そしていつもより数字が増えていたら原因はすぐわかるし、それによって日々少額の買い物でどれだけ浪費していたかやっと把握できたのだ。
お金がないないと言いながら、手数料などのも含め年間計算で考えると結構な支払いしてたんだな。正直なところ自炊も苦手だったわけだが、はやり面倒だからといって全てコンビニやスーパーの出来合わせを買うよりは安い。毎月の平均収支だと、一日このくらいまでの出費は可能とか、ドリンクはマイボトルにするだけで年間どのくらい浮くだろうか。とくにその辺はコーヒーが顕著だった。
お金のデジタル化に虚しさを感じながらも、だんだんと数値化された利便性に目が向き始めていたのだ。元来私は感情や感覚といったもので生きてきた。それが人間らしいと信じていた。機械やパソコンや数字が苦手な理由はそこにあるとも思っていたし、数学の答えは一つしかないなんて定理が納得いかない、とも思っていた。それがどうだろう。あら?数字って、本当はとても便利なのかもしれない。
それから嬉しいことに、カードで支払らう度に、毎月ポイントとという現金と同等価値のものが少しずつではあるが増えていった。一円の重みを知った今、1ポイントでもお金だ。もちろん分割は高い手数料が取られて意味がないので一括でね。(店舗としてはカードは高い手数料を取られることなどでデメリットの方が多いのかもしれないが、ここは消費者目線としてそのシステムにあやからせていただく。)
それからすぐに、習慣化していた出勤前のコンビニコーヒーを控え、私は少し奮発してコスパのよさそうなコーヒーミルとコーヒー豆、ドリッパー、フィルターをアレコレ調べて買い揃えた。
朝起床し、ポットのスイッチを入れて軽くシャワーを浴びる。浴び終わった頃にはちょうどお湯が沸騰してから少し経っている。そしてコーヒー豆を挽き、ゆっくりとハンドドリップしていく。その
補足としてはコーヒーは沸騰した直後より少し冷まった温度が甘みも出やすいという。実際、沸騰直後に入れると私には味が鋭く感じてしまうのもある。コーヒーの抽出適温は85度~95度位と言われているが、細かいことを言うと浅煎り、深煎りなどでも変わるようだ。まあ、そんな細かいことは真のコーヒーマニアにでもお任せしよう。
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