個人投資家としてのポリシー

「俺はトレーダーじゃない。個人投資家だ。」


 彼はよくそう主張する。英語に翻訳しても、投資家はトレーダーなんだけどな。こだわる意味がわかんない。個人投資家と人に説明しても伝わらなくて、結果トレーダーで理解してもらえるんだし、もうトレーダーでいいじゃない。

 __あ、だめですかスイマセン。


 ちなみに彼氏がトレーダーと言うとよくいわれるのはこんな感じだ。


「ねえ、部屋にたくさんのPC画面があって、24時間張り付いているんでしょ?」

 ____いや、PCは一つしかないけど画面は結構大きいかな。その画面に沢山チャート出してるけどさ。多分一日合計、3~4時間くらいしか画面の前にいなんじゃないかな。のんびりしてる。土日祝日はお休み。


「きっとお金持ちなら沢山おごってもらえるでしょ?」

 ____むちゃくちゃケチですよ。すげー節約家だし。時々割り勘だし。テッシュ一枚以上取ったら怒られるし。電気つけっぱなしとかむっちゃ五月蠅いし。柔軟剤の意味ない量で入れてるし。だから柔軟なってないし匂いしないし。


「ギャンブルって感じ。仕事しないで楽してる。」

 ___よく言われる。悲しいけどそういう一面があることは否定できないかな……。あ、でもそう、あなたの手にしているそのドリンクメーカーに彼は長いこと投資しているよ。あとそれからあなたの勤めている関連会社にも。


「そんなに節約家なんだったら、多分本当は損してて全然お金ないんじゃない?」

 ___資産把握したいけどそれはむり、だけど負債があるとは到底思えないかな。というかその節約ぶりは最近見習ってる。私も近い将来ケチだと思われるんだろうか。


 どうにも彼を家族や友人にうまく説明できない。いつも開口一番なにそれ怪しい、ギャンブルだ、といわれる。そして手っ取り早く否定するために成功しているようなことを言えば、単純に金持ち!贅沢してるの、になってしまうし、そこで節約家を持ち出すとケチ、本当はないんじゃないのになるし。(金目当てで付き合っているんだ、と思われるのが嫌なのもある。その能力に一目置いてるっていうのは確かだが。)


 時々異性の友人が、投資で成功してるって普通の人じゃないよ、小春が思っているよりもずっと凄い人だと思うよ、や、そんなに文句言ってたら可哀そうだよ、男の気持ちとしてその言動は普通だとか言ってくる。


 弟や、年上の異性の友人たちのほうが、その人いい人だよ、逃したらもったいないよ、別れる前にぜひ紹介してくれと(おい!)高評価してくれたお陰で私の彼に対する株が上がった側面もある。男友達に今は感謝である。


 __まあ、今では尊敬してますけど。一回しか言わないよ。ハイ、おしまい。


「ね、ヒロさん、この会社どう?」

 ネット証券会社の四季報しきほうを閲覧しながら、たばこ産業をメインとしている会社を挙げる。利回りも悪くない。彼が最近くれたヒントをもとに大株主も重視してみた。たばこは吸わないし興味はないが、やめる気配のない知り合いは多い。まあでも資金は足りないし買わないけどね。とにかく先生、私のこのチョイス、どうでしょう?


「……僕ならその会社には投資しない。人の身体に害があるモノに投資なんかしたくないね。環境を汚すものもだ。原油や自動車もあまり投資対象にない。自分のよ。」


 ___う。ちょっとかっこよく聞こえた。なんか悔しい。おじさんのくせに。でもなるほど、たしかにトレーダーより【投資家】って感じの考え方だね。ちゃんとポリシーがあって投資を行っているのね。


 私にとって彼は、おじさん(私も若くないけどね)・謎投資・無職・ケチ・車なし。(ごめん)そんな全てがマイナス評価から始まった二人のお付き合いではあったが、日々の彼の言動により、私の感情と尊敬度が上昇していったのは否めない。


 しかし逆に彼にとって私は「だったらしい。でも、そんなこんなでうまくやっている。彼の恋愛における「好きな所が好きなのは当たり前で、どこまで相手の嫌なところを許せるか。」という投資にも通じるような考え方に、私の方が救われている部分も大なりあるのだろう。

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