人生の切り売り
知り合った当初、彼が億り人だというは一切知らなかった。
当時はお金は怖いものだと思っていたし、よくあるお金持ちは悪いことをして儲けている、などというお金に関して酷いバイアスがかかっていた。
※億り人…株式やFXなどの投資により資産が一億を超えた人。
彼は私の女性の友人らとも顔見知りであったが、彼女たちも口を揃えて謎のおじさんやら、なにやらよくわからないが投資をしているらしいやら、本当にひどいレッテルを女性陣で貼っていた。
私にとって投資なんて仮想通貨やマルチ、界隈にあふれている詐欺、とにかくまともではない博打的なものだろうなくらいであったのだ。株もしかりである。
今日食事した友人にも「株なんて金持ちの道楽だろ」と言われ、あの頃の私が目の前にいるように感じ、そしてまた私も博打をしていると思われているのが悲しくもあった。
だが仕方ないのだ。ほとんどの人はお金についての教育を受けていないのだから。
そんな全く持って株や投資、それこそお金について興味のなかった私がなぜここまで変わったのか。
それは金銭的不安と将来の不安が最高潮に達したことがきっかけだった。
私の業種は歩合ばかりで、時給の求人があればいい方だった。いくつか店舗を変えたが、交通費が一部支給されればましなほうで、有休なんて店長クラスですらないのが当たり前だった。
将来の不安をぶちまける私に、40半ば独身の同系列の店長が悲しげに笑いながら
「この会社はみんなの思いやりで成り立っているようなものだからね・・・」
と呟いていたのをはっきりと覚えている。
色々な業種を渡り歩いたが、最終的に天職だと思えたこの業界には店舗はいくつか変えながらも一番長く勤めていた。
私が最後に勤めたそのサロンの店長さんたちはあちこち身体を痛め、常にシップや整形外科通いをしていた。マッサージという肉体労働なのに有休が1日もないのだ。
もちろん自分のケアは自腹だった。私も給与の10分の1以上は毎月のケア代になっていた。
それまではパートタイムで気軽に楽しく働いていたのだが、フルタイム店舗責任者として舞い戻った私はこの業界に絶望した。
削られる体力、上がらない時給、もらえない有給休暇。
人を癒す仕事なのに、施術者が慢性的に疲労している。
週六日で働いていたが、社保にも申請しないと入れないとかで、すでに何年も前から年金未払い状態の私は面倒なこともあって放置していた。
のちに社保に入らなくてもいい裏技を会社にしてもらうのだが、それがその後に勤めた県の仕事の転職の手続きの際に発覚したからかどうなのか、その会社はいきなり倒産したらしい。
社労士の友人にはその会社罰金になると思うよ、と言われていたし、以前から社会保険に関する(その辺は詳しくないのであしからず)ことで行政指導をうけていたらしいことも耳にしていた。
いずれ起こることだったのだろう。従業員たちはちりじりばらばらになった。
体調を崩しがちになった私は早い段階で見切りをつけていた。
頑張れば、やり続ければいつか報われると思っていたが現実はそうではない。
大切な自分の人生の一部、その中の一時間がたった850円で売られている。
時給という生き方はそういう事だ。
そしてもし有給休暇が年に10日与えられているとした仮定で同じ時給が割り当てられていた場合、今まで私が本来貰えたであろう
850円×8時間×10日×7年=47万6000円(訂正しました)
とっても悲しくないですか?
※有給休暇・・・雇用した日から数えて6か月間勤務をし、勤務日の80%以上働いた従業員に対して10日与えられる。「正社員・パート・アルバイトに限らず」勤務年数に応じ10日~20日など比例する。
数字は子供の時から苦手だったし、サービス業、奉仕の仕事に長年従事していたため受け取る対価や価値に関しては無知すぎたことに気づいた瞬間だった。
人生を変えたい。この泥沼からはい出したい。
これ以上、お金に悩まされたくない。
人をうらやんで、恨み節をたれながら、うだつの上がらない人生を、いのちの時間を垂れ流しにしたくない。
強く、強く願った。
その時に頭に思い浮かんだのが、あの怪しい投資家だったのだ。
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