値段は誰が決めるの?

「そーいやさ、株価ってどうやって決まるの?」

 ふと、純粋な疑問から訊ねる。


「そりゃあ、市場が決めることだ。」

「……」


 まーた、お得意のなぞなぞか、私は新聞にまんべんなく目を通しながら片手間に質問に答える彼を睨みつける。しばらくせわしなくページをめくっていた彼が、視線に気づき少し怯えた表情で新聞を畳んだ。


「小春さん、目が怖いです。」

「だってわかんねーし。」


 結局満足のいく答えを得ることはできずにその日は終わった。最近は特に後は自分で調べてと言わんばかりに半端な答えやヒントになる端切れしか言ってくれない。あのニヤつきながら「~とは何でしょう?」みたいな言い方が鼻について、時々拳でどついてる。あいつマゾヒストかよ。ん?どっちだ?サドか?


 まあ、代わりと言っては何だが、腹立ちまぎれに調べる癖はお陰でついてきたように思う。忘れたころにその答えを知ったかぶって話す私、ちったあ意地らしいと思えよな!


 後日、習慣化しているYouTubeの株や投資に関するわかりやすい解説を仕事の休憩時間に漁っていたところ、初心者に優しそうな動画が出てきた。この所休憩時間に集団から逃れ、一人離れた場所でよくわからない本や動画を見ている私は、他の従業員には奇異に映ったであろう。でももうそんなことはどうでもよかった。


「ふーん、みんなが欲しいから値が上がるか。…流行りが終わると欲しい人=買い手が減るから値が下がる……。なるほ…ってわかるかい!」


 頭を振ってもかいても、納得できない。それから投資の基礎的な考え、チャートの見方、今買った方がいい株、今後期待できる株などの動画をスキップさせながら見ていく。だんだん眉間にしわが寄ってくる。頭を上げると、声をかけようとしたのだろうか。目が合った同僚は苦笑いを浮かべ、そそくさと横を通り過ぎて行った。


 実はあれから低位株を三つほど保有していた。一つは液晶パネル関連、もう一つは太陽電池関連、最後は業務スーパーを主に事業として行っている会社だ。とあるファイナンス掲示板も見たし、自分なりにチャートを読み、大株主もチェックし、四季報の会社の業績や今後の見通しも予測した。


 少し前に私が何となく見つけて推薦した菓子・食品メーカーが彼にとっては目星を付けていなかった発見だったらしく(出来高には不満そうだったが、大株主を見て歓喜していた)早速、相性合わせのお試し売買でちょっといい思いをしたらしい。その後急上昇してしまいもう買えない値段だと嘆いていた。


 そんなことがあったもんだから、自分に株のセンスがないことはないんじゃないか、と少し自惚れていた部分は否めない。無知すぎると根拠のない自信すら湧いてくるようだ。


 __株にも相性があるとか言ってたけど、よくわからんなあ。


 徐々に解説が難関になる「初心者向け」投資動画の画面を一旦消し、イヤホンを外すと、スマートフォンのアプリで株価をチェックする。日経平均の下にもずらずらと得体の知れない数字が暗号のように連り、絶えずチカチカと点滅を繰り返している。


 私が住んでいる、この日本という場所から離れた全世界が、何らかの規則性を以て動いているあかしだ。

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