小春、ボロ株の洗礼を受ける

 小春は憤怒ふんぬした。かの下降トレンドの低位株ていいかぶは除かねばならぬと決意した。小春には個別銘柄こべつめいがらがわからぬ。小春は一介の凡人である。 __走れ小春___


 そう、私は渋い顔で分からぬチャート画面を凝視していた。その赤と青の棒グラフやそれをつなぐ平行線やそれらが織りなす山や谷様式を、眉をしかめ穴が開くほどに見つめていた。(正確にはその銘柄はボックス相場そうば、ヨコヨコと呼ばれる動きをしているのでほぼバーコード状のチャートだ。)


 そんな無知な私にもただ一つだけ分かったことがある。

 17円で買った株が3円下げ、株価14円に下がっていることだ。___という事は損失はマイナス300円だ。(3円×100株)


 他にも少量のREITやインデックス、低位株の個別を持っていたが、どうしてもこの銘柄のマイナスだけが納得いかない。


 絶対にプラスになるという期待の裏切りから、悔しさに奥歯がぎりりと鳴る。一株17円で100株から購入可能なこの銘柄。長い間18円から16円の間を行き来しているそのチャートから導き出した私の戦略は1円、もしくは2円上がったら売ってしまおう、そういう魂胆だった。NISA枠で売買手数料が発生しないなら、所謂デイトレード、手持ちの金がないなら、短期売買でもって少しずつだが利益を出して手元の種金たねきんを増やす、そんな手はずだったのだ。


 購入してからはプラス1円、時には2円そんな日もあった。

 よしよし、予定通り200円の利益が出てるし売ろうか。しかし人の欲とは常に冷静さを欠くことに事足りる。「お、もしかしてあと1円上がるんじゃないか」そんな思いから売却をやめ、翌日にはまた値戻りする。そうするとまた一度見た場所に値上がるのを待ちたくなる。次はマイナス1円になる、そして元に戻る。そうなると損もしたくなければ一度見たあのプラス2円を待ち望む自分もいる。最早戦略も糞もあったものじゃない。ただチャートを見て狼狽うろたえ、苛立つ自分しかいないのだ。


 そんな自分にも救いといえば、手持ちの種金がないことで一単元いちたんげん(ここでは一単元は100株/17円×100株=1700円で購入)しか購入していなかったことだ。あの時に1000株買って1円上がれば利益1000円!10000株で一万円!なんて考えで株をしていたらきっと相場からの退場を余儀なくされただろう。


 彼の言葉が頭を過った。

「そんなにいうんなら、1円でも高く売ってみろってんだ!」


 ___師匠、わたくしめが間違っておりました。1円でかいっす。涙。


 そのまま塩漬しおづけすることもできたが、マイナスの画面を眺めているのはあまり気分がよろしくない。それに今後持ちなおす様子もしばらくなさそうだ。その銘柄は次は15円と14円、時々13円でまた一段下がったバーコードを形成している。


 簡単に手放そうと思って手に入れたモノって、ずっと持つ気がしないなあ・・・しかも損失出してるし。なんだっけ、塩漬しおづけは機会損失きかいそんしつにつながるからさっさと損切そんぎりしないといけないんだっけか。口座開くたびに嫌な気持ちになっちゃうし。


 例えば変な男とお試しで付き合って、情が入って、振り回されているのにいつか状況が良くなるなんて変な希望を持って、数年をロスして歳だけとって、そのうち出会いがなくなって自分の価値落とすような事になるのが目に見えているならさっさと別れた方がいいよな。うん。__何故か恋愛に例えるとしっくりきた。


「見切り千両!」そう頭の中で唱えると勢いよく成行注文なりゆきちゅうもんボタンを押した。その日、私は300円の損失を確定し、ランドを売った1400円のお金が口座に戻ってきた。


※成行注文=なりゆき・・・値段を指定せずに現行の値段で売買できる。すぐに売買が可能。対義語:指値=さしね・・・値段を指定して行う注文。刺さらないことも多い。


 私は100円や200円の目先の利益に捕らわれ、結果300円を失う羽目になったのだ。

 後から知ったのだが、低位株というのは好んでやりとりを行うトレーダーがいるらしい。その場合単価が安いのもあり、凄い数の株を幾度となく売買しているようだ。そんなプロがゴロゴロしている場所に、ド素人の私が鼻歌を歌いながらやってきたならば、その荒波に足元をすくわれるのは当然といえば当然である。




※塩漬け・・・買値より値下がりし、売ると損失が確定することから売らずに長期保有すること。今後上場廃止などにならないかぎり配当や優待などは受け取ることも可能。


※機会損失・・・ここでは何かに捕らわれることで他のチャンスを逃がす、転じて限りある資金を塩漬や損失を出した銘柄を保有していることで、他の優良銘柄に割り振れない・購入できないことなども指す。


※損切・・・これ以上の損を膨らませないために小さい損のうちに確定、手放すこと。損切万両という株格言も存在する。


※見切り千両・・・損失が小さいうちに見切ることは千両の価値があるという株格言。

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