私と彼と、世界と相違。

「だから言ったじゃないの。」

 そういって目の前の彼はPCを弄っている。いつもの景色だ。べっこう柄のPC眼鏡レンズに、ヒントが映ってやいないかと目を凝らしたが一向に見えないので止める。

「……もう損切ったもん。他に目をつけているのあるし。」

 お説教なんて聞きたくない、すでに身銭を切って痛い思いをしているのだ。(300円だけどね。)


「あ、小春、コーヒーおかわり淹れてきてもらっていい?」

 カチカチ、カチカチと手元のマウスがさっきから忙しそうに鳴いている。

「……へーい。」

 私はやる気のない声を出しながらもたまにはやってあげるか、と重い腰を上げてドリンクバーへ向かう。平日のランチビュッフェ、それがいつものデートコースだ。体形の割に大食漢の彼はあり得ない量の皿をせわしなく席に運んでは、その山盛りを平らげる。そして相場の仕事に取り掛かる。


 よくそんなにもりもり食べれるよなあ…私の三倍は食ってんなコイツ。


 そういえばこの間は、暴走族に関する騒音迷惑被害の苦情から、法の整備で厳罰に処せよ、もっと取り締まるべきだという彼と、不良行為をしている彼らも家庭や環境に問題があって整備するなら教育環境や子育て支援じゃないのか、彼らの心のケアが必要ではないか、という全く話の噛み合わない状態を展開する私とで、最終的に私が泣くという結末を公衆の面前で迎えた。


 私たちはあまりにも育ってきた環境が違うのだ。むろん、考え方も。(その後、あれは討論にすらなっていないと言われましたワ。俺は法律の話してたのにだとよ。うるせー)


「あまりにも考え方がミクロだよ、もっと大事な事、ほかにもあるでしょう?」

 私にとって世界は家族であり、友達であり、同僚や自分を取り巻く環境だった。時には身近な人や、他人の悲しみ苦しみさえ自分の事のように考える節もあった。当時は彼が人の心も想像できないような冷たく非情な人だと感じることもあった。苦労なんかしたことないんだろうと。


「こないだ私に思考が狭いとか言ったよね、だから私たち合わないんじゃない?」

 日頃の不満から喧嘩を吹っ掛ける。


「小春のミクロと僕のマクロで世界が広がるからいいじゃん?」

「……」


 2人のお付き合いに関してはかなり楽天的だなコイツは。いつもだいたい理想通りにいかなくて私が怒っているばかりだ。時々理詰めのキツイ反論が飛んでくるが、その時は泣きわめいて応戦という程度の低い戦闘力を露呈することで勝利を収めた気持ちになる。


 __まあ、考えたら、よく私と付き合えるよね。私が男だったら無理だわ。暴力的だし我儘だし、感情的で、おまけにメンヘラ要素あるし。


「はい、コーヒー。…あのさ、ヒロさんって私のどこが好きなわけ?」


 彼は画面をから目を離してコーヒーを受け取ると、じっとこちらを見つめてきた。どんな答えが返ってくるんだろう。それによっては今日は優しくしてやってもいいぞ。なんてな。


「__全体の雰囲気。」

「……なんだそれ。」


 私に惹かれた理由も壮大過ぎて、常人の私には到底理解できない答えが返ってくる。首をひねりながら「全体の雰囲気の意味」をに収めるための処理をしている私を尻目に、いつの間にか彼はまた相場の世界に意識を移していた。


 この日は日経平均株価が連日のように高値を更新していた。

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