伏線回収~ノーベル賞の乱~
ノーベル賞発表の日が近づいた。私の持つ銘柄が少しずつ反応し始めたように見える。これはやはり、ノーベル賞受賞に間違いない!私の見る目は間違いなかった。そう確信する。きっと儲けることができる。私の脳裏には¥マークがちらついた。それは日を追うごとにじりじりと上がっては微下げする。
…このまま行け!
すでに新しい技術に取り組む企業の姿に感銘を受け投資を決めた自分を忘れ、私は日々の数字の上げ下げだけに中注視してしまうようになった。一体何に投資という行動をしたのかを完全に忘却してしまったのだ。さらになんとなしに購入した別の低位株も芳しくない。そのよくわからない会社は、今となっては何故購入したのかすら分からなくなっていた。期待を裏切られていくような数字の不快感はボディーブローのように効いてくる。
…大丈夫、きっとノーベル賞だから!
根拠のない確信は、もはや祈りに似ていた。否、完全なる祈願だ。
***
ノーベル賞の授賞者が発表された。
授賞者の中にその会社の関連研究者の名前は出ることはなかった。もちろん株価は急落した。初めて10パーセントほどの損失をだし、私は泣く泣く損切を決意した。とは言っても、もともと低位株なので大したことはないと言えばないのだが。それから不幸中の幸いなことに忘れたころに配当のお知らせと共に決算にともなう株主招集の封書が届いた。損切りしたもう一つの会社の封書と共に。
「株主の皆様へ」その封書には明確な違いがあった。一つはワードで適当に入力されたようなモノクロの紙の固い文体の綴りだ。そしてもう一方はカラー写真で代表者の顔写真が載っており、会社に対する思いや開発の進行状況など、文面からも誠意と熱意が伝わるようだった。配当が入ればそれでいいと目を通すこともない人も多いだろうが、その時初めて私は、会社の思いのようなものを感じた。株の売買上では損をした、その会社の株をまた買いたい。応援したい、素晴らしものを開発して欲しい、そう純粋に思った。その先に、ノーベル賞があって欲しいなあと。
そんな封書に金をかけるなら配当を増やせ、そう嘯く人もいるかもしれない。まあ、どのような気持ちで投資するのかは人それぞれなのだが。
後日、そんな気持ちになったことを彼に話してみた。
「株主を軽視しているようなトコは、そういうところに出るよね、単に資金集めのように考えているような会社もあったりするよ」
「そうなんだ。書面を見てさ、なんか応援したくなって、あそこはまた余裕が出来たら買ってみたいかも」
「…ていうか、小春さんまだ個別やるの…」
何だか清々しい気分の私の横で、彼はげんなりした表情を浮かべていた。
私、個人投資家と付き合ってます。 松生 小春 @STO11OK
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