2-08 再訪 (2)

 いや、深刻だよね。じゃないと、澪璃さんがウチに来るとも思えないし。

「解決できるかは判らないけど、見に行ってみよっか? 宇迦」

 頼られて知らんぷりできるほど、わたしは薄情じゃない。

 宇迦に話を振れば、宇迦もまた特に気負いも無く頷く。

「紫さんが行くというのなら、私は別にかまいませんよ」

「ありがとうございますですよぅ」

「ただ、そうなると……。う~ん」

 嬉しそうに微笑む澪璃さんを見て、わたしは唸る。

 改めて見るまでもなく、彼女の格好はとてもシンプルな、白衣しろきぬ一枚。

 ウチにいるのはわたしと宇迦だけだからあまり問題は無いけど、言うなればこの格好、下着姿よりはちょいマシ、ぐらいなもの。

 澪璃さんがウチに来る時には、階段下の御手洗まで泳いできているみたいだけど、わたしたちがついて行くなら、そんな事はできないわけで。

 こんな格好で普通に出歩けば、かなり怪しいし、周辺に住む諸兄には目の毒である。

 わたしや宇迦と違って、メリハリがある体型だからね、澪璃さん。

 ただ、纏っている雰囲気が緩いので、色気はあまり感じはしないんだけど。

「何か、着る物を……」

 せめて、知り合いに会ってもギョッとされない程度の服は着せたい。

 わたしはストレージを開いて、澪璃さんが着られそうな服を探す。

 服自体は色々あるけど、そのほとんどは洋服。

 和服の中で動きやすい物となると袴だろうけど、わたしたちと同じ巫女装束というのもなんだし、弓道着もちょっと違う。

 卒業式で着るような、普通の袴ってあったかな?

 浴衣は夏の花火イベントで手に入ったし、たくさんもらったけど、卒業式イベントみたいな物はなかったし。

 プレイヤー・メイドの物がいくつかあったようにも思うんだけど、好き勝手に名前が付けられているので、探しにくい。

 う~ん、と…………あ、発見。

 これ、澪璃さんにぴったしじゃないかな?

「澪璃さん、良かったら、これを着ませんか?」

 わたしが取り出したのは、上衣と袴のセット。

 上衣は薄い水色で、流水紋が入った涼しげな物。

 それに合わせる袴は濃い紺色のグラデーションで、こちらもほんのりと流水紋が入っている。

 色も模様も、水系の神霊である澪璃さんにマッチしてると思う。

「よ、よろしいのですか? 嬉しいですよぅ」

 簡素な服を着ているから、着飾るのはあんまり好きじゃないのかも、と思ったんだけど、幸いにもそういうわけじゃなかったようだ。

 澪璃さんはわたしが差し出した着物を恐る恐る受け取ると、本当に嬉しそうに抱きしめた。

 そして、すぐに立ち上がると、その着物をいそいそと身に付けていく。

 その所作に危ういところは無く、宇迦の手助けも必要としていない。

 わたし? わたしは無理。

 いや、さすがに今は慣れたけど、最初は不格好になっていたみたいで、宇迦が来てしばらくは、結構頻繁に指摘を受け、宇迦に整えてもらっていた。

 普段、和服を着ることなんて、無いしね?

 でも、着付け以外の事はできるんだよ?

「澪璃さん、髪も結ってあげるね」

「ありがとうですよぅ」

 澪璃さんの綺麗な髪をくしけずり、整えると、ちょいちょいと結い上げて、わたしお手製の鼈甲のかんざしで止める。

 いや、正確に言うと、鼈甲じゃないか。

 素材はストレージに入っていた適当な亀(モンスター)の甲羅。

 でも、磨けば鼈甲みたいに綺麗なので、問題なし。

 それを素材にして手慰み的に作った物だけど、わたしと宇迦も髪が長いので、時々使っている。

 ここには髪ゴムが無いから、結構便利なんだよね、簪も。

「うん、良い感じ。その簪もあげるね。ウチに来る時には使ってくれると嬉しいかな?」

 毎回、“髪の毛だらり”が出現するのは、わたしの心臓によろしくない。

 できれば今の格好で訪れてくれれば、いつも笑顔でお出迎えができる。

「重ね重ね、ありがとうですよぅ。大事にしますよぅ」

「あー、うん、ほどほどで良いよ、ほどほどで」

 順調にいけば、澪璃さんとの付き合いは三〇〇年近くになるはず。

 その間、実用品が破損も紛失もしないなんて、普通はあり得ない。

 文化財として保管しておくならともかく、わたしとしては普段使いして欲しいのだから。

「手慰みで作った物だから、機会があったらまたあげるし、着物も直してあげるから、言ってね」

 この着物はわたしたちの着ている巫女装束と同様に、ゲーム中のアイテムだから、耐久度が設定されているし、不思議スキルによって修復も可能。

 少なくとも今のところ、こちらで作った物には存在しない大きな利点である。

 ゲーム中だと、スキルで作った防具にも同じ機能があったわけだけど、こっちに来て作った下着なんかには無いんだよね、耐久度。

 草臥れない服って、すっごく便利なのに……って、今それは良いか。

 これで問題なく、出歩けるようになったのだから。

「それで、すぐに向かうのかな?」

「わっちはそれでも構いませんが、紫様たちは……」

 そう言って澪璃さんが見上げるのは、未だ降り続けている雨空。

 境内の散歩ぐらいなら、和傘を差して風情を楽しめるけど、労働を伴うとなると、そんなもの、感じている余裕は無い。

 傘や合羽を使わなくても、雨に濡れないようにする方法はあるけど――。

「……澪璃さん、急がないようなら、数日後でも良いかな? できれば晴れている方がやりやすいから」

「うんうん。やっぱり紫さんはそうでなくては」

 日和ったわたしに、何やら宇迦が頷いているけど、無視、無視。

「はい、もちろん構いませんよぅ」

「ありがと。それじゃ、せっかくだから澪璃さんは、雨が上がるまで泊まっていってよ」

 部屋は空いているし、雨の中を帰らせるのも――蛟である澪璃さんには関係ないかもだけど、なんか申し訳ない。

 なので、そう提案したわたしに、澪璃さんは困ったように首を振る。

「えぇ? それは申し訳ないですよぅ。その頃、また来ますよぅ」

「別に用事は無いんでしょ? 毎食……は食べないけど、食事も出すよ?」

「ご厄介になりますよぅ」

 美味しい食事の前に、澪璃さんは即座に前言を翻すのだった。


    ◇    ◇    ◇


 澪璃さんがウチを訪れて数日。

 梅雨の晴れ間を見つけて、わたしたちは澪璃さんの神域である湖に向かっていた。

 道中、わたしたちの姿を見かけた村人に驚かれつつも――わたしが神社から出ているから、じゃないよね? 澪璃さんという知らない人がいるからだよね?――普通に挨拶を交わし数時間ほど。

 到着した湖の様子は――。

「これは……酷いね……」

 かなり巨大な、間違っても池などとは呼べない広さの湖。

 その中央には島が浮かび、湖の周囲に生えた自然林と相まって、普通であればとても風光明媚な場所。

 ……そう、普通であれば。

 現在はその湖一面に緑色のワサワサした物が浮かび、水が綺麗なのかどうかすら判らない状態。完全に景色が台無しである。

「うぅ、また酷くなってますよぅ……」

 悲しそうな澪璃さんが指をちょっと動かすと、わたしたちの傍の水面が渦巻いて藻を押し流したが、それも一瞬。多少動かしたぐらいでどうにかなるはずもなく、その隙間もすぐに藻に覆われてしまう。

「想像以上ですね、これは」

「はい。このままだと、水も淀むし、住んでいる生物にも影響が出てしまうんですよぅ」

「だよね。日の光が遮られるわけだし」

 そのへんの事には詳しくないけれど、この状態が生態系に与える影響が皆無だなんて、とても思えない。

 むしろ、かなり悪い影響を与えると考えた方が良いだろう。

 見るからに異常だし。

「紫さん、何か良い方法はありますか?」

「良い方法と言われても……」

 メテオ・ストライクみたいな凶悪な魔法はあるけど、それを使って吹き飛ばすなど、論外だろう。下手したら藻と一緒に、湖が無くなる。

 掃除するにしても、これ以上、藻が増えないようにしないといけないし……。

「湖の水を沸騰させて、煮沸消毒とか――」

「さ、さすがにそれは困りますよぅ!」

「だよね」

 慌てたように言う澪璃さんに、わたしも頷く。

 そもそも、いくらわたしの魔力が多いと言っても、これだけの湖の水を沸騰させるとか、正に神の所業。さすがに無理。

 相手は藻だし、除草剤的な物を撒いてしまえば枯れるかもしれないけど、それこそ環境に悪いだろう。

 どうしたものかなぁ……?

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