1-11 夢枕
今日からしばらくは休息日。
わたしがそう決めた。
異論は認めない。
わたしは簡単に朝食を済ませると、日当たりの良い縁側にお布団を敷き、パンダに着替えてそこに寝転ぶ。
何とも
そのまま目をつむり、ゆっくりと
あー、気持ちいい。このまま寝てしまおう……。
『紫さん、紫さーん』
誰か呼んでいる気がするけど、今はお昼寝? 二度寝? の方が大事。無視、無視。
『紫さ~~ん、起きてくださ~い。起きろ~~。――あ、パンツ見えてる』
その声に、慌ててスカートを抑えようとして、そんなもの履いていないことに気付く。
動物パジャマは足先から首元まですっぽりと覆い、フードまで着いている。なので、着てしまうと外に出ている部分は、手首から先と顔のみなのだ。
当然、パンツなんて見える余地は無い。
「くっ、騙された……」
『あはははっ、騙しちゃいました! おはよっ! 紫さん!』
ため息をついて目を開けると、そこは白いもやに包まれた空間。
これって、神様と会話した夢の中の空間だよね?
まだ寝てないつもりだったけど、いつの間にか寝入ってしまっていたみたい。
「おはようございます、神様。お元気ですね」
妙にテンションの高い神様に、なんだか疲れるものを感じながら挨拶を返す。
というか、現実にはまだ寝ているんだから、おはようではないよね。
どーでも良いことだけどさ。
でも、なんで出てきてるの?
しばらく休むって言ってたから、てっきり年単位で出てこないと思ってたんだけど。
『紫さんが予想以上頑張って、神社を綺麗にしてくれたからね♪ 神域が荒れていると神の格にも影響するし。ありがと、かなり助かったよ』
高いテンション、その原因の一端は、わたしの頑張りにあったらしい。
綺麗になったのが嬉しくてこのテンションなら、そのうち落ち着くよね?
会話する度に、このテンションに付き合わされたら疲れる。
「いえ、自分の家でもありますから。――それで、何かご用で?」
『いやいや、紫さんが呼んだでしょ?』
「呼びましたっけ……?」
神様の呼び方なんか判らないんだけど。
あ、もしかして、拝殿でやったあれ?
神様が本殿に祭られているなら、拝殿で柏手を打つことは確かに呼ぶことになるかもしれない。
『うん、わかったみたいだね。もっとも紫さんは私が呼び寄せた人だから、本殿以外でも私に祈ったら聞こえるけどね』
「つまり、文句を言いに来られたと。手水舎、ダメだったですか?」
冗談で言ったんだけど、本当に文句を言いに来るとは。
改善点を指摘してくれるなら、直す余地はありますよ?
でも、『なんかしっくりこない』とか『もっと良い感じに』とか、半端な指摘は却下です。
『いやいや、別に文句を言いに来たわけじゃないよ。掃除してくれるだけで十分感謝してる。紫さんのおかげで少し元気になれたから、お礼を言いに来ただけだよ』
「そうだったんですか~~」
それだけなら寝かせておいて欲しかった。
結構疲れてるし。
――あ、そうだ。せっかくだし、聞いてみようか。
「神様、話は変わるんですけど、もう一人ぐらい召喚できないんですか? この広さの神社、管理を一人でやるのは結構大変なんですが。できれば女の子で」
『お掃除は年単位でのんびりやってくれても良かったんだけど。紫さん、案外働き者だよね?』
「いいえ、そんなこと無いですよ。どっちかと言えば怠け者です」
わたしは正直言って腰が重い。
部屋の掃除なんかでも、『そのうちやろう』と思いつつ、なかなか手を付けないタイプ。
但し、一度やり始めると徹底的にやる。
そして綺麗にしたら、また当分放置。
働き者なら、ずっと綺麗なままに保つんだろう。
今回一気に掃除してしまったのも、中途半端に止めたら次に手を付ける気になるまで、当分かかりそうだったから。
「やる気を出すまでが大変なんですよ、わたし」
なので、このままだと、かなり汚れるまで放置してしまいますよ?
『そうなんだ? まぁ、毎日掃除しろなんて言うつもりは無いから、荒れない程度にはお願いね。あと、召喚の方は……ちょっと無理かなぁ。すっごく力を使うから』
「ああ、やっぱりそうですか。期待はしてませんでしたけど」
やっぱり無理だったか。
お掃除はともかく、補修作業ではちょっと補助してくれる人とかが欲しかったんだけど。
支えるぐらいなら『ウィザード・ハンド』で何とかなるけど、細かい作業をしながら魔法を使うのは、少し疲れるからね。
『ちょ、ちょっと待とうか。そうあっさりと言われると、神様としては微妙な気分になるんだけど』
「でも、無理なんですよね?」
『いや、そうだけど。そうなんだけど……』
「別に良いんですよ。ダメ元でしたから。――神様と言ってもアレですね」
『アレってなに!? 紫さん、ちょっと酷くない!? わかった、わかりました! 何か考える!!』
ちょっと焦ったように言う神様に、わたしはため息をついて首を振った。
「いえいえ、良いんです、無理しないでください」
『無理……はちょっとするけど、大丈夫! 何とかするから!』
「そうですか? じゃあ、あまり期待しないで待っていますね」
『ちょっとは期待して良いからね!』
うし、お手伝いゲット……?
本当に期待しても良いのなら、だけど。
『他に何かある? 困ったこととか』
「う~ん、この身体のおかげでなんとかなってますね。逆に、元々のわたしの身体だったら、ほぼ確実に挫折してました。その点は神様に感謝してます」
平凡な女子高生だと、多分、一年経っても境内の草抜きすら終わってなかった可能性がある。
で、最後まで終わった頃には最初のあたりにまた草が生えて、エンドレス。
ブラックバイトとかそういうレベルじゃなく、ほぼ拷問だよ。
ホント、ムラサキの身体で良かった。
『うんうん、紫さんはなかなか巧いこと力を使ってるね。突然力を得たような感じになっちゃったから、どうなるか不安だったんだけど』
「あ、見ていたんですね」
『うん。神域……この神社と山の範囲内なら把握できるから。もし、どうしても不便なことがあったら言ってね。整備してくれたおかげで少しは力を使えるから』
確かに、ある日突然、筋力が何倍にもなり、不思議な力が使えるようになったんだから苦労しそうなものだけど、わたしの感覚としては思った以上に馴染んでいる。
枯れ木を倒すときに想定以上の力が出たが、それ以外では特に苦労はしていない。
これでいきなり戦えとか言われたら適応できなかったかもしれないが、日常生活なら特に問題はないのが現状だ。
「ありがとうございます。一つお聞きしたいんですが、この世界でわたしの力ってどうなんですか? 元の世界なら確実に化け物扱いされるレベルなんですが、隠さなくても大丈夫ですか?」
魔法の類いは当然のことながら、素のステータスによる肉体の強化もかなり凄い。
今なら自動車とケンカしても勝てるかもしれない。
――勝てるかもしれないけど、自動車に轢かれてピンピンしていたら、ほとんどホラーだよね。
趣味スキルだって、あり得ないレベルだし。
『そうだね、確実に普通ではないよ。ただ、そんな人が他にいないかと言えばそうでも無い。所謂、神の眷属たちだね。この世界は、紫さんの世界と違って神と人の距離が近いから、ある程度の数がいる。すべてが人とは限らないけど、一般的に強い力を持っているのは同じかな?』
この世界の神様たちはそれぞれが神域と呼ばれる場所――ここなら神社のある山全体――を持っていて、そこを管理するために眷属を遣わせたりするらしい。
神域の外に出る眷属は少ないため、神域以外で出会う機会はほとんど無いものの、いずれも普通の人とは違う強い力を持っているのだとか。
『だから、紫さんも眷属と言えば大丈夫だと思うよ』
「えっと、わたしは眷属なんですか?」
『いや、違うよ。わたしが喚んだわけだから、繋がりはあるけど』
眷属とは神の配下なので、わたしの場合は普通(?)の人間で協力者という立場になるようだ。
ただ、そんなことを他の人に詳しく説明しても大した意味が無いので、眷属と言っておけば面倒が無い、と。
『おっと、そろそろ時間だね。何かあったらまた呼ぶから! それじゃね!』
最後はそんな慌ただしい言葉と共に、神様の気配が薄れていく。
それと同時にあたりは真っ白に染まっていき、わたしの意識はゆっくりと浮上していった。
◇ ◇ ◇
目を開けると、すでに日は落ち、あたりは薄暗くなっていた。
布団の上で身を起こし、少し肌寒い風にぷるりと震える。
夢の中で神様とお話しはしたけど、結局一日、寝て過ごしてしまった。
身体をぐっと伸ばし、固まった筋肉を解す。
「今日は、少し暖かい汁物でも食べたいな……」
串焼きは美味しいが、毎食だとさすがに他の物も食べたくなる。
布団を縁側から座敷に引き込んで障子を閉め、台所に移動する。
鍋に水を入れて自在鉤にかけ、囲炉裏に火を熾しながら夕食のメニューを考える。
「豚汁とか食べたいけど、味噌が無いし、鴨鍋、もどきにしようかな?」
鴨鍋なら鴨肉と塩・胡椒、それに野菜を放り込めばそれだけで十分に美味しい。
問題は鴨肉が無いことだけど、それっぽい鳥の肉で代用しよう。
ストレージから取りだした肉を薄切りにして、温まってきた鍋に放り込む。
お野菜は……水菜っぽいなにかで良いか。こちらはざく切りで。
パンは少し合わないから、
小麦粉をこねこねして適当にカット、うどん風な何かを作って放り込む。
あると便利そうだから、今度ちゃんとしたうどんを作って備蓄しておこう。
ストレージがあれば、保存を気にせずに済むのは本当に助かる。
何食分か一度に作っておけば、いつでもできたてが食べられるんだから。
怠け者のわたしには、もしかすると一番の神ツールかもしれない。
「それも調理スキルがあってこそ、だけどねぇ」
鍋に蓋をして一煮立ち。
囲炉裏の炭に灰をかけて弱火にすると、取りだした
そして一口。
「うん、美味しい」
肉も野菜もスープも、相変わらず簡単に作ったと思えないほどに美味しい。
うどんもどきの出来は少し微妙だが、美味しく食べられる範疇。
鍋を覗き込んでみると……残りは、あと、二、三杯分はあるかな?
まだ温かい鍋を火から下ろし、そのままストレージへ。
「よし、これで明日も一日寝て過ごせるよ!」
そんなダメ宣言をしつつ、わたしはスープを飲み干した。
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