1-10 お掃除開始

 今日からお掃除開始だよ!


 って言っても、この神社の境内すらきちんと確認していないから、まずはそこからなんだけど。

 手早く朝食を済ませて縁側から外に出たわたしは、改めて辺りを見回す。

 今出てきた家が神様が用意してくれたわたしの生活空間。

 4LDKなので、一人で暮らすには十分な広さ。

 石段を上がり鳥居をくぐった場所から見て、右手の奥、拝殿に隠れるような位置に建っている。

 ただ、境内に入ってしまえば丸見えなので、おまいりに来る人が増える前には竹垣でも作りたいところだね。

 縁側でぼーっと日向ひなたぼっこもできないんじゃ、悲しいし。

 家を離れ、左回りにぐるりと境内を歩くと、拝殿の前にあるのが神楽殿。

 他には手水舎と授与所、左隅には蔵があるんだけど……これ、崩れてるんだよね。

 “廃屋”とかじゃ無くて、“跡地”って感じに。

 一応、石とかは残っているのだが、建物としては全く機能していない。

 本殿と拝殿、神楽殿はかなり危ない状況ながらも、雨漏りまではしていないみたいなので、神様が頑張って保護していたのかな?

 しかし、この状況を見ると、わたしの家を生活できるように整えるの、かなり大変だったんじゃ?

 境内の状況もかなり酷く、下手な運動場よりも広い土地一面に草が生え、一部ではススキのような草がわたしの背よりも大きく成長してしまっている。

「石畳の隙間からも生えて……こう言うの、除草剤が無いと面倒だよねぇ……」

 ため息をつきつつ、半ば草をかき分けるようにして本殿の裏手に回ると、そこには昨日竹を採取した荒れ果てた竹林――いや、すでに竹藪だね――がある。

 大きく茂った葉っぱと、隙間無く生えている竹のおかげであまり日が差し込まず、朝にもかかわらず薄暗い。

 野放図に勢力を拡大した竹は、かろうじて道だったと判る場所にも侵蝕してしまっている。

 神様曰く、『昔はとても綺麗で良い雰囲気の場所』だったみたいだけど……今では見る影も無いなぁ。

 この先には草庵そうあんがあるというが、神様に維持する力が無かったのでこちらも放置状態、すでに崩れているか、そうでなくてもそれに近い状態になっているらしい。

 京都の寺院にある竹林って好きなんだけど、あれも放置したらこんなになるのかな……?

「しかし、これは……早めに対処しないとマズイね」

 タケノコが採れたり、道具の材料になったりと色々便利な竹ではあるが、管理されなくなった場合にはとても危ない。

 みるみるうちに生息域を拡大し、周りの植物を駆逐し、建物に被害を与えるのだ。

 心の中のToDoリストに“竹藪の対処”をメモ、そこから更に歩いて再び正面へ。

「やっぱ、最初は境内から、かな。コレじゃ、どう見ても廃寺……じゃなくて、廃神社?」

 境内が草ボウボウの状態というのは、やっぱりダメだよね。

 そこが綺麗に整備されていれば、ボロボロの建物も古色蒼然、風情があると言い張れないことも無い。

 そう、ぼろ屋でも侘び寂があると言って持て囃す、どこぞの茶人のように!

「でも、広い、よねぇ……」

 考えてもみて欲しい。

 学校の運動場いっぱいに草が生え、それを一人で抜けと言われたらどう?

 ウンザリだよね。

 だから魔法。

 これでなんとかしたい。

 必要なのは応用力と

 紫、学習しました。

 昨日の失敗から。

「『ラーヴァ・プール溶岩の池』、便利そうだよね?」

 文字通り、溶岩の池を敵の足下に召喚するという凶悪な魔法。

 土系統と火系統の高レベル複合魔法で、ほとんどのモブなら一瞬で火葬できる、効果は高いがMP消費も多いステキ魔法。

 少なくとも、除草に使うような魔法じゃない。

 ないけど、葉っぱも種も根っこも、一瞬で処理できそうな気はする。

 草だけ刈っても、根っこや種が残ってたら、すぐに元通りになっちゃうからね。

 大丈夫、ちゃんと学習してるから。

「ひとまず、ちょっと離れた場所に一メートルぐらいの範囲で……『ラーヴァ・プール』」

 三メートルほど離れた場所が、一瞬にして四角く切り取られたように、黄白色に光る溶岩の池へと変化する。

 そこに生えていた、ガッツリと根を張っていたススキの束は、一瞬にして燃え上がり、トプンと溶岩の中に沈んでいく。

 その低い粘度と色から考えると、滅茶苦茶高温に見えるけど、感じられる熱気は……思ったほどじゃないね?

 昔やったガラス細工体験、その時の炉の前の方がよっぽど熱い。

 草が全部沈んだところで、魔法を解除。

「おぉぉ……完璧すぎない?」

 溶岩の池になっていた部分だけ、切り取ったように草が無くなり、まるでロードローラーでならしたかのような、つるりとした平らな地面が現れた。

 しかも、焼け焦げて黒くなったりもしていないし、範囲外の地面にも全く影響が出てない。

 触ってみても……熱くない。さすが魔法。

「現実にあんな状態になったら、周囲の地面が崩れそうなものだけど……範囲を区切るバリアー的な物でもあるのかな?」

 良く判らないけど、とても良い。

 『草は無くなったけど、建物も崩れました』じゃ、話にならないからね。

 でも、調子には乗りません。

 学習したので。

 ちょっとずつ効果範囲を広げつつ、境内全体の草取り。

 崩れている手水舎や授与所は、石製の手水鉢や土台だけストレージに放り込み、あとの瓦礫はまとめて焼却処分。

 『ラーヴァ・プール』を使えば、瓦さえ跡形も無く消え失せる。

 建物解体業者、垂涎の能力だね、これは。


 そして数時間後――。

「見違えるようだ!」

 控えめに表現しても廃墟に近かった神社が、今では“あまり参拝客のいない神社”程度にはランクアップしている。

 残っている建物の傷みは隠せないが、建物の瓦礫が消えて、境内の地面が綺麗になったおかげで、少なくとも管理を放棄された神社には見えなくなった。

 石の間から草が生えて、凸凹していた石畳ももちろん補修済み。

 使ったのは、『マッド・プール泥の池』と『ウィザード・ハンド魔法の手』というサイコキネシス的な魔法。

 地面を泥状にしてから、石を一旦取りのけ、『ラーヴァ・プール』で綺麗に掃除、再び泥状にして石を並べ直し、『マッド・プール』を解除すると、きっちりと固まった。

 やっぱ、魔法って便利。

 ゲーム中では使い道の乏しかった『ウィザード・ハンド』も、凄く便利だし。

 使ったのは、ダンジョンで離れた位置のスイッチを押したり、遠くから宝箱を開けたりする時ぐらい?

 発動に時間が掛かるし、使っている間はずっとMP消費あり。

 普通に攻撃したり、魔法を使ったりした方がよほど強いから。

 でも現実なら、炬燵こたつから出ずにミカンが取れる。

 ぐうたら生活が捗りそう。

 いや、違う。

 高いところの物が取れる、にしておこう。

 身長、縮んじゃったし。

「あとは、参道と石段の整備かぁ……」

 後ろを振り返って見えるのは、綺麗になった境内とは落差が激しい石段。

 わたしが初日に、見事な階段落ちを披露した因縁の石段である。

 自分の身体能力を把握した今であれば、仮に足を滑らせたとしても、空中でトリプルアクセルを決めて地面に降り立つぐらいのことはできそうだ。

 ……いや、さすがに無理か。

 ただ、今度は張り出した枝を全部伐採して下りていくので、注意すれば落ちることは無いと思う。……無いよね?

「まぁ、歩かなければ落ちることも無い。『ウィンド・カッター』」

 石段の上から、シュバッと刃を飛ばし、石段から参道にかけて、はみ出ている木の枝をバッサリと切り落とす。

 それらを『ウィザード・ハンド』で拾ってストレージに放り込み、積もっている葉っぱは魔法で風を起こし、左右の森の中へポイ。自然に帰す。

 あ、ただし、参道入り口の枝だけは、こちらが見えないように、まだ残してます。

 まだ参拝者を迎える準備ができてないからね。

「う~ん、やっぱり泥とかは残るかぁ……」

 葉っぱが無くなったので、足を滑らせる危険性は随分減ったけど、石段の上には長年の間に溜まった泥が残っていて、正直汚いね。

 これを竹箒で綺麗に掃除していくのは、あまりやりたくない。

「ま、想定内、想定内。もちろん、解決策も考えてますよっと」

 というか、似たような状況、CMで見たことある。

 そう、ケル○ャー。

 あれがあれば綺麗になるに違いない!

 え? そんな物持ってないだろうって?

 大丈夫。魔法がある。

 できる事は全部魔法で解決。それがわたしのスタンス。

 『ウォーター・ジェット』をベースに圧力を高め、範囲を狭め……名付けて人間ケル○ャー。

 いや、この名前はマズいか。

 誰が聞くわけでも無いけど。

 高圧洗浄機……直訳すると、High Pressure Cleaner? 長いから略して『ハイプレ』にしとこ。

 これを昨日、お風呂場を水浸しにしながら開発したのだ。

「うふふふっ、一回使ってみたかったんだよね!」

 ウチは持ってなかったし、マンションじゃ、そもそも使い道も無かったから。

 CMであんな風に綺麗になるのを見たら、自分でもやってみたくならない?

「ではいきます……『ハイプレ』!」

 指先からほどばしる高圧の水、みるみるうちに綺麗になる石畳、瞬く間に泥だらけになる緋袴。

「……うん、そうだよね」

 水で弾き飛ばすんだから、そりゃ周りに飛ぶさ!

 汚い石が綺麗になるのは、すっごく気持ちいいんだけどさ。

 CMだと普段着で気軽に使ってたのに!

「そーいえば、ケル○ャーしている人って、雨合羽、着てたね」

 良く思い出してみると、工事現場とかで使っている人は、雨合羽着用だった。

 CMを鵜呑みにしちゃダメって話である。

 今更遅いけど。

「あと、上からやっていかないとダメだね」

 汚れを弾き飛ばしても、汚れた水が流れてきたら台無しである。

 だから、石段の一番上へ移動して、掃除を始めたんだけど……楽しかったのは三〇分ぐらいだった。

 いくら綺麗になるのが楽しいとは言え、正直、範囲が広すぎるっ!

 魔法の威力も調節して、かなり効率よく作業しているつもりなのだが、二〇〇段を超える石段は長く、しばらく続けても終わりが見えてこない。

「……思うんだけど、この神社って、一人で管理するには広すぎないかなぁ? 神様、もう一人ぐらい召喚してくれないかな? できれば女の子」

 知らない男の人と一緒に暮らすのは嫌だから。

 今度は上手いこと、女の子の命を救ってくれたら言うことは無い。

 ミスはダメ、絶対。

 まぁ、わたし一人でギリギリだったみたいだから、無理だと思うけどね。


    ◇    ◇    ◇


 結局、境内と参道の掃除には、トータル四日あまりかかってしまった。

 それから神楽殿、拝殿、本殿の掃除、簡単な補修にも更に五日ほどかかり、なんとか神社全体の掃除が終わったのは、こちらに来て二週間ほど経った日のことだった。

「いやー、さすがに疲れたねぇ。精神的に」

 根を詰めればもっと早く終わったんだろうけど、ずーっと掃除しているのはさすがに嫌気が差すので、途中で色々なことに手を出していたのだ。


 成果、その一。

 家の周りの竹垣。

 境内と家の境界――わたしが勝手に『ここからわたしの家!』と決めた――に沿って作りました。

 高さは一八〇センチぐらい?

 正しい竹垣の作り方は知らないので、以前テレビで見た職人さんの見よう見まねである。

 日本の職人さんを特集する番組、大活躍である。

 そして、今後もきっと活躍してくれるに違いない。世界観的に?

 材料は豊富に生えているので、適当にやってみたらそれっぽいのができたのだ。

 うん、絶対にスキルのおかげだね。

 完全に視界を遮るように作ったので、これで参拝客が訪れるようになっても、縁側でのんびり出来るよ。

 見通しが悪くなって少し風情が無いけど、そこはプライバシー優先で。


 成果、その二。

 おトイレ。

 こちらにやって来て何が一番不満かと問われれば、やっぱおトイレなんだよね。

 昔の家だと離れとかになっていたみたいだから、家の中にあるところは及第点なんだけど、洗浄機付きのおトイレに慣れている現代人としてはちょっと辛い。

 和式なのは許容できるにしても、ボットンだから溜まったら汲み取らないといけないし、きっとハエとかも寄ってくる。

 まぁ、わたしの場合、用を足す度に闇系統の分解魔法を放り込んで綺麗さっぱり消去してるから、そこについては問題ないんだけど。

 でもやっぱり、温かい便座とウォ○ュレットは欲しい。

 だからわたしは、錬金術を駆使しておトイレの作製に取りかかった。

 構想三分、制作時間のべ一日前後?

 できあがったのは、まんま温水洗浄機能付き洋式トイレ。

 エネルギー源は、座っている人の魔力的な物なので、とてもエコ。

 トイレットペーパーも一緒に錬成したので、環境としてはほぼ現代と一緒。

 でも、自動で便座が開いたり、音楽が流れたりする機能なんかは付いていない。

 そんな機能、別に要らないし。

 排泄物の処理方法は、超高温での焼却を採用。

 ごく僅かに灰は残るけど、わたし一人分なら、たぶん数年は捨てなくても大丈夫かも。

 最初は闇系の分解魔法を組み込もうか、とも思ったんだけど、この魔法って、魔力消費がかなり激しいのだ。

 高レベルじゃ無いと使えない魔法だから。

 なので、わたしはともかく、一般人が使うと干からびちゃう恐れが。

 よって、これを組み込むのは却下。

 『参拝客におトイレ貸したら死んじゃいました』じゃ、シャレにならないからね。

 でも、できれば参拝客用には、別途公衆トイレを作っておきたいところだね。

 知らない人を自宅に入れるの、嫌だし。


 成果、その三。

 手水舎。

 手水鉢や土台となる石畳は回収していたので、『ハイプレ』で綺麗に洗浄、設置し直して屋根を付けた。

 わたしとしては、それっぽく良い感じに作れたと思うのだが、正式な形になっているかどうかは判らない。

 いや、多分なってないと思う。

 神社に行ったとき、手水舎をそこまで細かく見てないし、覚えても無いから。

 ま、文句があればきっと神様が何か言ってくるだろうさ。

 しかし、手水鉢は設置したものの、これって水はどうしてたんだろ?

 水道なんてあるわけ無いし……山奥の湧き水でも探して、引いてこないといけないの? そんな形跡は無かったけど……。

 よく解らないから、これは雰囲気作りのインテリアということで良いか。

 文句があれば神様が――以下略。

 

「よし! わたし、頑張った! 当分は休むからね! 掃除は終わったから文句ないよね!」

 拝殿でパンパンと手を叩き、本殿をビシリッと指さしながらそう宣言するわたし。

 ……神様って、本当に本殿にいるのかな?

 掃除してたときには何も感じなかったけど。

 ま、いっか。

 文句があったら出てくるでしょ。

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