1-12 マスコット現る! (1)

 朝、目覚めると、目の前に子狐がいた。

「(……狐? 何で?)」

 ぼんやりとした頭のまま、何となく手を伸ばしかけ、はっとして手を引っ込めた。

「エキノコックス!」

 それは野生の狐の多くに寄生している、エイリアンのごとく超危険な寄生虫である。

 死にたくなければ、幾ら可愛くても狐を触ってはいけない。

 そう、決して!

 北海道旅行とか、頻繁に出会えるだけに要注意である。

「失礼な! 私はそんな物に感染していません!」

「――え?」

 あれ? 今の声、この狐から聞こえた?

 この世界の狐は喋るのがデフォなの?

「あの、喋ったのはあなた? 狐って喋れるの?」

「喋れるわけないじゃないですか。私はあなたをサポートするために神様から遣わされた者です」

「ああ、普通の狐じゃなかったんだね。じゃあ触っても大丈夫って事だね!」

 早速近づき、その小さな身体には不釣り合いなほど大きな尻尾をサワサワと撫でる。

 おおぉ、凄い手触り。以前一度だけ触ったことがある、ミンクの毛皮とか目じゃないね!

「ちょ、ちょっと止めてください、くすぐったいじゃないですか!」

 子狐が尻尾を振り、わたしの手からするりと抜け出す。

「あっ!」

 わたしの名残惜しそうな様子を警戒したのか、少し距離を取る子狐。

「そうじゃなくて、もっと気にすることがないんですか?」

「……ああ、どこから入ったの? 障子開けられるの?」

 夜でも雨戸を閉めたりはしていないので、セキュリティなんて無いに等しいこの家だけど、障子戸は閉めているので動物が入ってこられるような隙間は無い。

 ――あれ? よく考えたら危険じゃないかい?

 今までは誰も来る心配は無かったけど、わたしがここにいることが知られたら、不埒者がやってこないとも限らないぞ?

 外見は華奢きゃしゃで可憐な少女なのだ、わたしは。

 ん? 可憐は言い過ぎ?

 でも華奢なのは否定できないよね、外見子供だから。

 まぁ、並みの不審者なら、畳んでポイできちゃうけどさ。

「直接この部屋に来ましたから、障子は関係ないですが……神様の遣いである私に聞くのはそれですか?」

「他には……あ、じゃあ、あなたは正式な眷属と言うことになるのかな?」

 わたしは眷属ではないらしいので、眷属を送ってきたのかと思ったのだが、子狐は首を振って否定した。

 人間っぽく首を振る子狐、可愛すぎる……。

「いえ、眷属ではないですね。神様の尻尾から作られていますから分御魂わけみたまという方が近いでしょうか。わかりやすく言うなら分身ですね」

「え? なんで分御魂? 眷属で良かったんじゃないの?」

「いえ、それは……そのー」

 なにやら言いづらそうな子狐に良く聞いてみると、眷属を作るのにはやはりそれなりのエネルギーが必要となるらしい。

 だけど、今の神様にそんな余剰エネルギーは無く、かと言ってわたしに見栄を張った以上、放置もできない。

 仕方ないので、自分の尻尾を一つ引き抜いて、それを元に作ったのがこの子狐なんだとか。

「うわっ……尻尾を引き抜くとか、痛そう……」

 不釣り合いに大きい尻尾の理由はそれだったわけだね。

 というか、それならわたしは神様の尻尾を触ったってこと?

 なら、あの極上の手触りも納得だね。

「でも、そんなことができるなら、わたしを呼ぶ必要なんて無かったんじゃ……?」

 わたしを呼ぶエネルギーで眷属を作るなり、分身を作るなりして神社の管理を任せる方が簡単だよね?

「いえいえ、そんな簡単じゃ無いんですよ。神域を清浄に保てる資質を持つ人というのは限られていますし、紫さんがここに来て、神域を掃除して生活してくれているからこそ可能になったというのが正確なところですね。なので、紫さんには本当に感謝しています」

 そう言ってぺこりと頭を下げる子狐。

 うん、この子狐がモフれるなら、ここに来た価値があるかもしれない。

 希望はでっかい獣だったけど、子狐もコレはコレでアリ。

 良いですよ?

「しかし、そうなると、今の神様って尻尾が無いの?」

「いえ、今は三つ残ってますよ。それに、この神社を盛り立てて、力が回復すれば尻尾の数も元に戻りますから」

 そうなのかー。まだ三つあるのかー。

 もう一匹ぐらい増やしてくれないかなぁ?

 モフモフが二倍になればもっと頑張れるかもしれないよ~~。

 そんなことを思いながらチラリと子狐を見ると、わたしの視線を警戒するように、更にもう一歩下がっていた。

「……なんですか?」

「いや、何でも無いよ~?」

 ニコニコと笑いながら言ったのに、あまり効果は無かったらしく、近づいて来てはくれなかった。

「まぁ良いですけど。――さて、私は紫さんのサポートに来たんですから、お手伝いできることがあったら何でも言ってくださいね!」

「いや、子狐ができるサポートって……助言ぐらい?」

 忙しいときに猫の手も借りたいとは言うけれど、狐の手だって役に立たないことは同じだよね?

「ああ、それは大丈夫です。それ!」

 子狐がかけ声と共に宙に飛び上がり、くるりとその場で一回転。

 その直後、そこに居たのは、狐耳と大きな尻尾の小学校低学年ぐらいの女の子だった。

 ――ただし、素っ裸の。

「どうですか!」

 すごいでしょ、とでも言いたげに手を広げ、にこっと笑う女の子だが、今はそれどころじゃない。

「ちょ、裸じゃない!」

 わたしは慌ててストレージの中から動物パジャマシリーズ、狐バージョンを取り出し、女の子にささっと着せる。

「え? え?」

 フードはあえてかぶせない。せっかく自前の耳があるからね!

 そのまま抱き寄せて、膝の間に座らせて完了である。

「これでよし!」

「――えっと、怒濤の勢いでちょっと放心してしまいましたが、なぜ私は抱かれているのでしょうか?」

「え? だって裸じゃ困るでしょ? 人間の格好になったんだから」

 後ろを振り返り、わたしを見上げながら言う彼女の頭を撫でる。

 ゲーム中の防具、衣服はフリーサイズで、誰が着てもピッタリという不思議アイテム。

 なので、こういうときには都合が良い。

 決して、狐 in 狐がやってみたかったわけではない。

「服はありがたいですけど、なんか変じゃないですか? この服?」

「うん、伸縮自在の不思議素材だね」

 ゲーム仕様だからだろうけど、こんな服は普通あり得ないよね。

「いえ、そうでは無く。何で耳や尻尾が着いているんですか? これ、狐ですよね?」

「大丈夫、わたしのはパンダだから! おそろいだね!」

 わたしがそう言うと、彼女は諦めたようにため息をついた。

「……もういいです。それよりこれって寝間着ですよね? 今、朝ですよ?」

「うん、二度寝の時間だね」

「そうですね……って、違いますよっ。起きる時間です!」

 ぷんぷん、とでも言いたそうに立ち上がろうとした彼女を抱き締め、布団に寝転がる。

「えー、いいじゃん。わたし、二週間も頑張って働いたんだよ? しばらくは休んでも良いじゃない? 週休二日の世界から来たんだから」

「それについては感謝してますが……解りました。寝ていても良いので、離してください」

「一緒に寝ようよ~。ほらほら、お布団、温かいよ~~」

「えっ、ちょ、待ってください!」

「………すぅ」

「も、もう寝てる!? 紫さん! ちょっと!」

 そんな抗議は聞き流し、わたしは再び夢の世界へと舞い戻ったのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ――二日目。

 目覚めると、抱き締めていたはずの狐さんが、いつの間にかいなくなっていた。

「むぅ、せっかくの抱き枕が……」

「誰が抱き枕ですかっ。今日は起きますよね、紫さん!」

 その声にゴロリと寝返りを打つと、狐のパジャマを着た狐さんが仁王立ちで見下ろしていた。

 うぷぷっ、似合ってて可愛い!

 そんなことを思ってニヤついていたのがバレたのか、狐さんはまなじりを上げてしゃがみ込み、わたしをぐらぐらと揺する。

「ほらほら、起きてください。朝なんですから!」

「えー、まだ二日目だよ~。もっと休みたい~」

「私が来てからはそうですけど、その前日も寝て過ごしてたじゃないですか! 怠け者って言っていたの、嘘じゃなかったんですね」

 そっか、狐さんは神様の分け御魂的な存在だから、神様に言ったことも知ってるんだ。

「そうだよ~。可能なら、ニートになりたいぐらいに怠け者だよ。間違いなく」

「断言しないでください。自慢になりませんよ。別に仕事しろとは言いませんから、起きてください。ほらほら!」

 そう言いながら掛け布団を剥ぎ取り、わたしの身体を押してゴロゴロと転がすと、ササッとお布団を上げてしまう。

「あぁ……温かいお布団が……」

「そんなに寒くないでしょ! それにこれからは暑くなっていきますよ」

「そっかぁ。今は春なんだねぇ……じゃあ、これを味わえるのも今だけかぁ」

 わたしは無駄に高いステータスを活用し、近寄ってきた狐さんを抵抗させる間もなく素早く抱き締める。

 うん、温かい。

「紫さん、身体能力高すぎです……。私、これでも並みの眷属よりも能力高いんですよ?」

「ふっふっふ、抵抗は無駄なのだぁ~」

 狐さんも本気で抵抗する気は無いんだろうけど、わたしの素早さは十分高いみたい。

 これならこの世界でも安全に暮らせるかな?

 別に他の神様の眷属と争うつもりもないけど。

「そういえば狐さん、お名前、訊いてなかったよね?」

「名前ですか。つくられてすぐに送られたので、まだ無いです。紫さん、良ければなにか付けてもらえますか?」

「え? わたしで良いの? 名前って大事だよね?」

 すっごく責任重大なんだけど……。

「ええ。長いおつきあいになると思いますし」

 そっか、少なくとも三〇〇年ぐらいは一緒にいることになるのか……夫婦なんて目じゃないね? 金婚式の六倍ですよ?

「う~~~ん……」

 すっごく悩む。

 わたし、自信を持てるほどのネーミングセンスは無いのだ。

 自分のキャラに『ムラサキ』と名付けるほどに。

「あの、そんなに悩まなくて良いですよ? 変なのじゃなければ」

 いや、それが難しいんだけど。

 自分のセンスに自信がないと、変じゃないと言い切れないのだ。

 故にどこかからか借用してしまおう。

「うーん。――宇迦うか、宇迦でどう?」

「宇迦、ですか。良いですね。よろしくお願いします」

 しばらく悩んだ末にそう言うと、にっこりと良い笑顔を浮かべてくれる狐さん、もとい宇迦。

 由来はもちろん、鳥居で有名なあの神社のご祭神です。

 別の世界だから大丈夫だよね?

「さて! そろそろ動こうかな!」

「あ、今日は一日ぼーっと過ごすわけじゃ無いんですね」

「お布団の中ならそれもありだけど、起きたからね」

 宇迦を膝から下ろし、巫女装束に着替える。

 さすがに二週間、毎日着ていれば随分慣れて、着替えに時間はかからない。

「宇迦の服は……持ってないみたいだね。巫女装束で良いかな?」

 服は、と訊ねたとき、ちょっと気まずそうな表情になったので、わたしのストレージみたいな能力は持ってないのかな?

 巫女装束をもう一揃い取りだし、宇迦に着せようとしてわたしは手を止めた。

「下着は……ないよね」

「別に無くても――」

「それは認められない」

 おかしな事を言いだした宇迦の言葉を、きっぱりと否定する。

 昔の巫女さんはどうか知らないが、下着無しなんてわたしが許容できない。

「作るか」

 まだ履いていないわたしの予備の下着はあるが、完全にわたしの体型に合わせてあって伸縮性も無いため、宇迦には合わない。

 ゲーム中のアイテムならサイズを気にせずに済むけど、こちらに来て作った物にはそんな便利な機能は付いていないのだ。

 そもそもどうせ必要なんだから、作ってしまった方が早い。

 宇迦の服を脱がせて素早く採寸、わたしの裁縫スキルが光って唸る!

 サイズと色以外は、わたしと同じ形の紐パンなので、迷うことも無い。

 色は変えておかないと、判りにくいからね。

 わたしが縮んだおかげで、あんまり体格差が無いから。

 ちなみに、わたしが白で宇迦が水色である。

「あの、お手数おかけします……」

「んー、いいよ、いいよ。正直言って、一人というのは少し寂しかったからね。お手伝いしてくれるのも嬉しいけど、話し相手ができるのはありがたいから」

 申し訳なさそうに言う宇迦に、わたしはチクチクと手を動かしながら応える。

 わたしは一人でいたからといって、あまり孤独を感じるタイプじゃないけど、一人の方が楽しいというボッチ上級者でもない。

 特に何かやるときに、相談できる相手がいるというのは、やっぱり嬉しいよね。

「できた! これに着替えてね」

 すでに慣れているので、完成まで数分ほど。

 作り上げた下着を宇迦に渡すと、宇迦は特に迷うこと無く身につけ、巫女装束を身に纏っていく。

 そんなに難しくないとはいえ、帯までぴしっと結び、綺麗な姿勢で座り直したその所作しょさは、その幼げな外見からは違和感すら覚えるほど様になっている。

「ほ~~、何というか、すごく綺麗だね」

「外見はこんなですが、別に子供じゃないですから、礼儀ぐらいは弁えていますよ」

「そっか。――あれ? 尻尾はどうなってるの?」

 しゃらんと畳の上に置かれたおっきな尻尾。

 普通の袴だったよね? どうやって履いてるの?

 慌てて宇迦の後ろに回ってみると、なぜか袴に尻尾を通せるような加工がされている。

「おぅ……そういえば、ゲーム中にも獣人系はいたね……」

 サイズ自動調整の他、種族に対する自動調整機能まで備わっているらしい。

 すっごく万能じゃない? ゲーム中の装備って。

 欠点はゲームのベースが洋風ファンタジーなので、この世界で着ても違和感の無い服が少ないことかな?

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