1-13 マスコット現る! (2)

「さて……それで宇迦はどんな凄いことができるの?」

 神様の分御魂と言うぐらいだから、すごいことができるんだよね? という視線を向けてみると、宇迦はうっと息をのんだ後、深々とため息をついた。

「……紫さん、一言目からハードルを上げないでください。そんな『すごいこと』ができるなら、わざわざ紫さんを喚びませんよ。もちろん、普通の人に比べれば色々できますけど、紫さんにまさっているのはこの世界の知識ぐらいです」

「あ、そうなんだ? でも、それだけでも十分助かるから、別にいいよ?」

 ゲームの世界みたいな危険な所ならともかく、ここは別に戦う力が必須というような殺伐とした世界じゃない。

 そもそもわたしのお仕事は神社の管理なので、話し相手になってくれて、手伝ってくれるなら一般人でも別に構わないのだから。

 あ、でも、死に別れのことを考えると、やっぱり不老の方が良いよね。うん。

「それで、紫さん。今日は何するんですか? お手伝いしますよ?」

「何も考えてないけど、まずは朝食にしましょ。宇迦も食べるよね?」

「私はあまり食べなくても大丈夫ですけど……紫さんもですよね?」

「……あれ? そうなのかな?」

 よく考えたら、わたし、ここ二日ほど、ほとんどの時間寝ていたね?

 汗もかいた気がしないし……代謝が少ないの?

「消費しなければ、食事はあまり必要ないと思いますよ」

「へぇー、そうだったんだ!」

 お腹が減ったりしていたのは、頑張ってお掃除したり、魔法を使ったりしていた影響だったみたい。

 寝ているだけなら大丈夫って事は、基礎代謝がほぼ無い?

「……あれ? つまり、太ったりしたら、ダイエットが滅茶苦茶大変なんじゃ?」

 ダイエットのためには基礎代謝、つまり筋力アップが効果的。

 逆に言えば、基礎代謝が無ければ、簡単におデブちゃんに……。

「それは大丈夫ですよ。紫さん、太りませんから」

「え、ホント!? ラッキー!」

 甘い物も好きなだけ食べられるって事じゃ――

「成長もしませんけどね」

「ぐはっ! え、つまり、この体型のままって事!?」

「はい。何時までも若いままですよ」

 若いのは嬉しいけど、ぺたんなのは…………ま、いっか。

 邪魔と言えば邪魔だし、見栄を張る相手もいない。

 無くなってみると、やっぱり楽なんだよねぇ。

 布団でゴロゴロしてても、苦しくないしね。

「ただ、身長だけは、もうちょっと欲しかったんだけど……」

 現実的な問題として、高いところに手が届かないというのはちょっと面倒。

 魔法で何とかなるけど、手を伸ばすのと魔法を使うのじゃ、圧倒的に前者の方が楽なわけで。

「――ま、朝食にしましょうか。今日の所は」

「はい」

 取りあえず身長のことは置いておいて、宇迦を連れて台所に移動。

 ストレージから、いつものようにパンとお肉、それに果物を取り出す。後はお湯を沸かして紅茶を淹れるだけ。

 ここ最近のわたしの朝食は基本、このセットになっている。

 毎日の違いと言えば果物の種類ぐらいだが、そんなに不満は無い。

 代わり映えはしないが、以前から朝食は食パンとコーヒー、ヨーグルトで済ますことが多かったので問題は無い。パンもお肉もずっと美味しいから、当分飽きることは無いと思う。

 なんと言ってもお手軽だし。

 お肉さえ薄切りにして、まとめて焼いておけば、パンと果物は大量にストレージに貯まっている。

 そこから出すだけだから、準備も一瞬、片付けもほぼ不要なんだよね。

 ただ、紅茶だけは毎回お湯を沸かして淹れている。

 紅茶もまとめて淹れてからストレージに保管しても良いんだけど、お茶を入れるぐらいの余裕は必要だよね?


 そんな食事を今日も摂り終え、宇迦に視線をやると、彼女も満足そうな表情でお腹をさすっている。

 宇迦の体格だと、ちょっと多かったかな?

「宇迦、ご飯多かった?」

「いえ、私の場合、食べる量はかなり調整が利きますから」

「あ、そうなんだ?」

 ほぼ食べなくて済むのと同様、いくらでも食べられる……までは行かずとも、大量に食べることもまた出来るらしい。

 そういえばわたし自身、食べ過ぎで苦しいって事は無かったなぁ。

 最初の頃は料理が美味しく作れるから、かなりの量を食べてたんだけど。

「紫さんも似た感じだと思いますけど、融通が利くだけで全く食べなかったら死にますからね? 不老ですけど、不死じゃないですから」

「了解です」

 エネルギー効率が良くて貯蓄も多くできるだけ、と言うことらしい。

 “食い溜め”が可能って事だけど、それが外見に反映されないのは助かるなぁ。

「それじゃ、そろそろ参拝客を迎えられるようにしよっか」

 紅茶を飲み終え、わたしがそう言って立ち上がると、宇迦も嬉しそうに立ち上がった。

「はい! たくさん呼び込みましょうね!」

「ははは……程々に、ね」

 参拝客を増やすのが仕事だけど、生活が脅かされない程度でお願いしたいなぁ。

 四六時中、神社に人がいると落ち着かない気がするし……。

 そんなことを考えながら宇迦と二人で玄関から外に出る。

 その途端、宇迦が困ったようにわたしを見上げて口を開いた。

「……あの、紫さん、竹垣の作り方、変じゃないですか?」

「あー、見よう見まねだから、出来は良くないかな? でも、役には立ってるよね?」

 京都のお寺にある竹垣と比べれば劣るが、きちんと自立しているし、目隠しの役には立っている。

 耐久性は解らないかな? 作ったばかりだし。

 ま、原料が竹だから、ダメになったら作り直せば良いよね。

 そう思ったのだが、宇迦は首を振って、竹垣を指さして叫ぶ。

「違います! 配置ですよ、配置!」

「……やっぱり、きっちり囲むべきかな?」

 わたしの作った竹垣はL字型で家の西側と南側に立っている。

 北側と東側は森に面しているので、手抜きして作らなかった。

 なので、回り込めば入れるんだけど、目的は目隠しだし、良いかな? って。

 でも、子供とかが来ることを考えると、きっちりと囲んでおいた方が安心かも。

 子供だと入ってくる。絶対。

 わたしならやるもん。

「そうでもありません! 玄関から出たら正面にどーん、と壁ができてるじゃないですか! 出られないですよ!」

「あ、そっち? それは大丈夫だよ」

「わわっ!」

 わたしは宇迦を抱き上げると、ひょいっと竹垣を飛び越える。

 一八〇センチぐらいの高さはあるけど、今なら簡単に飛び越えられる。

 問題ナッシング。

「ね? それに、少し遠回りすれば出られるし」

「『ね?』じゃありませんよっ。私たちはそうですけど、玄関塞いでどーするんですか! 人が訪ねてこられないじゃないですか」

「だって、あそこを開けたら境内に入った途端、丸見えなんだもの。家の配置、良くないよ?」

「う……そう言われてしまうと……」

 わたしがそう指摘すると、宇迦がちょっと気まずそうな顔になる。

 玄関が南向きに配置されている関係で、石段を上がってくるとすぐにウチの玄関扉が見えてしまうのだ。

 今はともかく、人が常に境内にいる状況になると、これは少々落ち着かない。

 玄関をガラガラッと開けると、その度に視線が集まるのはやっぱり気になるよね?

 そんな感じのことを説明すると、宇迦は少し考えてから口を開いた。

「……ちょっと手間はかかりますけど、玄関前から真っ直ぐに路地を作って途中で九〇度曲げ、その両脇に竹垣を作るのはどうですか? それなら目隠しになりますよね?」

「路地……いいねっ! それ、オシャレだよ!」

 路地ってなんだか高級旅館みたいだし、飛び石を敷いて、両脇に植栽、入り口に簡単な門を作れば格好いいじゃない?

 プライバシーの確保とデザイン性の両方を兼ね備えたナイスなアイデア。

 では早速――

「ちょっと待ってください。それより先に参拝客です。力を取り戻すためにも!」

「あぁ、そっか、そうだったね」

 参拝客が来てくれるように――具体的には参道を塞いでいる木々を伐採するために、出てきたんだった。

 路地作りは後回しにして、石段の方へ向かう。

 途中には手水舎があるんだけど……これってこのままで良いのかな?

「宇迦、これってどう思う?」

「手水舎ですか? 出来は悪くないと思いますよ? 水が無いのが残念ですが」

「普通はどうするの? 水道なんて無いよね?」

「普通は川とか湧き水で清めてから来るのが作法ですね。ここだと、参道入り口の所、小さな橋がありますよね? あそこの川です」

 そういえば、そんな物がチラリと見えたような気がしないでも無い。

 なるほど。整備すべきは手水舎じゃなくて、あそこの河原だったんだね。

「あれ? でもこの手水舎に使っている水盤、ここにあったんだけど」

 わたしがそう尋ねると、宇迦はちょっと苦笑して、ため息をついた。

「昔は湧き水があったんですよ。と言っても、自然の湧き水と言うよりも神の力でやや強引に引っ張ってきてただけなんですが」

「衰えて、無くなった、と?」

「はい」

 裏の竹林、その奥にある草庵の、更に奥に綺麗な湧き水が湧いているらしい。

 その水を、神様パワーでここまで持ってきていたのだが、力が衰えてしまった今では全く出ていないって事のようだ。

「ふーむ、わたしなら配管はできそうだけど……作ろうか?」

 不思議パワーを使わずとも、わたしには各種生産者スキルがある。

 水道配管もどきぐらい、何とかなる。

「できたら嬉しいですけど、そこまで緊急性は無いですよ? 川がありますからね」

 所謂、御手洗場みたらし

 川辺で手を洗ってから参拝すれば問題ないらしい。

 そういえば、石段下の鳥居、そのすぐ外には川が流れていたね。

 そこの河原を整備する方が簡単か。

「じゃ、長期目標にして、今は参道の方をやろっか」

「はい」

 宇迦と共に石段を下りていくと、数日前に掃除したところなのに、また落ち葉がちらほらと。落葉の時期じゃないし、風で飛ばされてきたのかな?

 それらを魔法で吹き飛ばし、左右の森の中へポイ。

 葉っぱは自然に帰すべし。

「器用ですねぇ、紫さん。ちょっと前まで魔法なんて使えなかったんでしょうに」

「わたしは怠け者だからね。楽できるところは積極的に楽していく所存だよ!」

 ある物を使わないなんて勿体ない。

 楽できる可能性があるのなら、多少の失敗なんて恐れない!

 紫は失敗から学べる、できる子だから!

 ま、失敗せずにできるのが一番なんだけどね。

「ねぇ、宇迦はできないの? ポンポンと手を叩くと、枯れ葉がパッと消えるとか」

「私は所詮分け御魂ですから無理ですよ。本体なら簡単ですけど」

 あ、本体はできるんだ? 神様だもんね。

 そんな事ができないわたしたちは地道(?)に魔法でお掃除。

 宇迦もわたしが取り出した竹箒で、細かいところを掃き集めてくれる。

 そうやって参道の端まで移動すると、そこにあるのは、うっそうと茂った木々。

 最後の二メートルぐらいは手を付けず、外から中がうかがえないようにしてた所。

「じゃ、切り開きますか」

「はい、お願いします」

 例の如く、スパッと魔法で切り落とすと同時に、サッと日の光が参道へと差し込んだ。

 わたしはその明るさに眼を細めつつ、地面に転がった木の枝はストレージに、落ちた葉っぱは森へと還って頂く。

「さて――」

 飛んで行く木の葉を見送り、再び正面へと目を向けたわたし。

 そんなわたしの視線がとある人物と交わった。


 ――第一村人発見。

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