3-02 結界作り……終了。

 結界を作るのに必要なのは、要石と儀式である。

 庭石と違って要石には侘寂わびさびなんて必要ない――むしろ、画一的な方が使いやすいので、これは魔法を使ってサクッと生成。

 この石の表面に、宇迦が墨を使ってにょろにょろと何か描いたら、それを私が彫り込む。

 更に強度や耐久性を増すエンチャントを行えば、取りあえず要石は完成。

 後は現地に設置して儀式をすれば、結界は完成する――小さい結界が。

 結界を隙間なく展開するためには、要石をおおよそ五キロぐらいのメッシュで置いて、その全ての場所で儀式をする必要があるらしい。

「ほぅほぅ。それで、どれぐらいの数が必要なのかな?」

「えっと……少し余裕を見て、四〇〇個ぐらいでしょうか?」

「多い! そして、広い! 祐須罹那様の領域、めっちゃ広い!」

 日本だと、広めの県ぐらいの大きさがあるよ?

「せいぜい、ここから数キロの範囲かと思ってたんだけど?」

「これでもそれなりに力のある神ですから。海まで行けますよ? 海の中は別の神の領域になりますが」

「要石、一個作るのに数時間はかかってるんだよ?」

「慣れたらスピードアップできますよ。ガンバです! 紫さん!」

 ニコリと笑って、胸の前で両手を握る宇迦、カワイイ。

 でも、キツい。絶対に。

「う~、早まったかなぁ?」

「ちなみにですが、結界が完成すると祐須罹那の力も回復しやすくなります」

「うん」

「そして、力が回復すると、顕現できたりもします」

「ほう? それは、宇迦がもう一人、みたいな?」

「あえて変えなければ、私よりは年上の姿になると思いますよ? 尻尾の数が多いので」

「ほほう? 尻尾たくさん。モフモフたくさん……」

 一本でも至高の手触りの尻尾が、何本も?

 いや、でも、さすがに神様の尻尾を触るのは……。

「頑張った紫さんの頼みであれば、祐須罹那も聞いてくれると思いますよ?」

「ほほほう? ――よしっ、わたしに任せなさい!」

 そんな感じに、上手い具合に乗せられた私は、連日MPが空になるほど働き続け、要石を量産。宇迦と共に領域を東奔西走、儀式を繰り返し……。

 全ての作業が終わるごろには暑い夏も終わり、秋の香りが漂い始めていたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「やっと! 終わった! やりました!」

 ついに最後の要石の設置が終わり、神社へと戻ってきたわたしはごろんと畳に転がり、万歳して声を上げた。

 そんなわたしの隣に、いつも通り楚々と座り、微笑むのは宇迦。

 こっそりその魅惑的な尻尾に手を伸ばせば、さっと逃げてしまうのもいつも通り。

 宇迦は疲れてないのかな?

「これで当面は安心ですね、紫さん」

「お二人とも、お疲れさまでしたよぅ」

 そう言いながら、わたしたちのためにお茶を淹れてくれているのは、あれ以来、神社に居着いてしまった澪璃さんである。

 わたしは体を起こし、その温かなお茶をいただく。

「わっち、あんまりお手伝いできなかったですよぅ」

「そんなことないよ。ご飯を作ってくれるだけでも助かったもの」

「そう言ってくださると、嬉しいですよぅ」

 できることがないと悩んでいた彼女は、予想外なことに料理がとても上手かった。

 大雑把な人なのかと思いきや、作る料理はかなり繊細。

 要石の設置で忙しくするようになって以降、ほとんどの食事は澪璃さんの手による物である。

 そしてそれは、ご飯だけではなく――。

「今日のおやつは、ガザミを丸ごと使った、新作おせんべいですよぅ」

 そう言って澪璃さんが差し出したのは、菓子盆に盛られたほんのりと赤いおせんべい。

 そう、おやつなんかも作って出してくれるようになったのだ。

 基本的に素朴なお菓子ばかりだけど、普通に美味しいので、密かに毎日楽しみだったりする。

「へー、えびせんべいみたいな? いただきまーす」

 手伸ばし、おせんべいを一枚手に取る。

 形は歪。丸じゃなく、適当に割ったような形になっているのは、纏めて焼いたからかな?

 でも売り物じゃないし、形はどうでも良いよね。

 ばりぼり、ざくざく。

 歯応えはしっかり。

 でも噛むほどに濃厚な蟹の味と微かな塩味が感じられて、文句なく美味しい。

 申し訳程度に蟹が混ぜられているような擬物まがいものではなく、ちょっとリッチなおせんべい。

「これ、すごく美味しいよ、澪璃さん!」

 わたしが手放しで褒めると、澪璃さんは嬉しそうにほんわかと微笑み、宇迦も興味深そうにおせんべいに手を伸ばした。

「ありがとうですよぅ。ちょっと、自信作ですよぅ」

「うん、これは自信を持って良い味だよ。間違いない!」

 きっと、なんちゃらセレクションとかでも、金賞が取れる。

 ――って、アレは、お金さえ出せば結構簡単に取れるんだっけ?

 まぁ、それぐらい美味しいおせんべいなのだ。

「折角だし、秋ちゃんたちにも出してあげようかな?」

「……紫さん、それは止めた方が良いかと」

「え、そう? なんで? 一部の子にだけ良い物を出すのは、みたいな?」

 わたしが首を傾げると、宇迦は手に持っていたおせんべいをざくざくと食べて、ゴクリと飲み込むと、首を振った。

「いえ、そうではなく。気付いていないようですけど、これ、結構硬いですよ?」

「え、そう、かな? 確かに歯応えは良かったけど……宇迦も普通に食べてたよね、今」

 しかし宇迦は、わたしの指摘にため息をついた。

「紫さん、私、こんな外見でも普通の子供じゃないですからね? 澪璃、これってどうやって作りました?」

「ガザミの美味しくない部分を取って、塩水に漬けて、ぺちゃんこにして加熱しましたよぅ」

「殻は?」

「もちろん、そのままですよぅ。それを取ったら、折角の歯応えがなくなっちゃいますよぅ」

 そりゃあ、硬いわ。

 普通の蟹ならまだしも、あのサイズの蟹。ほぼモンスターだし。

 ――え? いくら加熱してあるとはいえ、わたし、そんなのを普通に食べてたの?

 この身体のスペック、良すぎない?

「普通の人でも、頑張れば噛み砕けるかもしれませんが、口の中はズタズタになりますよ? たぶん、アサリを殻ごと食べる方がマシかと」

「そんなに?」

「はい。断れない相手からそんな物を勧められるとか……子供たちが不憫すぎます」

「いや、そんな物と判ったら、さすがに出さないからね!?」

 よよよ、とわざとらしく目元を押さえる宇迦にツッコミを入れつつ、わたしはもう一枚、ガザミせんべいをパクリ。

 ばりばり。

 ――うん、確かにちょっと硬いね。

 子供たちに出す場合には、普通のおせんべいにしておこう。

「でも、これでやーっと、のんびりできるよ~。こちらに来て、一番頑張って働いたかも?」

 わたしはもう一度ころんと寝転び、伸びをする。

 実際のところ、結界作りはそこまで急ぐ必要はなかったんだけど、一度中断するとやる気も殺がれる。どうせならと一気にやってしまったのだ。

「おかげで、夏は楽しむ余裕がなかったけど……秋の味覚は楽しめるかな?」

「えぇ、楽しめますよ。――のんびりできるかは知りませんけど。紫さんが主役の秋祭りがありますから」

「バカなっ!?」

 面倒臭いことを先に終わらせて、後はゆっくり、じゃなかったの?

「そもそも、主役は祐須罹那様だよね? わたし、何かしないといけないの?」

「本来は領域の浄化が必要なので、これが結構大変なんですけど、今回は結界を作りましたからね。巫女舞ぐらいでしょうか」

「あぁ、それぐらいかぁ……ん? また舞を覚えるのは、結構大変な気も……」

「大丈夫ですよ、紫さんなら。夏祭りでも、軽く熟してたじゃないですか」

「軽くはなかったけど……まぁ、大丈夫かな?」

 お祭りとしては秋祭りが一番盛大みたいだけど、盛り上がるのは村人たち。

 夏祭りみたいに護摩壇を出して供養をする必要もないし、実質わたしがやるべきことはほとんどないみたい。

「秋祭りが終われば暇になりますし、来年からは同じことの繰り返しですから、逆に退屈なくらいですよ、紫さん」

「……ほんとう? わたし、騙されてない?」

 以前も似たようなこと、言われたような気がするんだけど。

「本当ですよ。私は嘘をつきません」

「そこまで言われると、信じざるを得ないけど……」

 狐耳つきの真摯な瞳で見つめられちゃうと、わたしも頷くしかない。

「はい、信じてください。トラスト・ミー、ですよ」

「一気に胡散臭くなった!?」

 同じ意味なのに、不思議だよね!

「……まぁ良いか。それで宇迦、モフモフ尻尾――じゃなかった。祐須罹那様はどれぐらいで顕現できそうなのかな?」

 そのためにわたし、頑張りましたよ?

 想像以上に広かった領域に、心折れそうになれながらも!

 ――おや? 真摯な瞳が逸らされましたよ?

「そうですね~、たぶん、一〇〇〇年以内には」

「……はい? え、聞き間違いかな? 一〇〇〇年とか聞こえたんだけど?」

「間違ってないですよ。それぐらいあれば、十分に顕現できるようになると思います」

「バカなっ!?」

 騙された!? 嘘は言ってないかもしれないけど!

「一〇〇〇年先じゃ、わたし、もう帰ってるよ!」

「無理すればもっと早く顕現できるかもしれませんが、紫さんを帰すための力も蓄えないといけませんからね」

「そう言われると……でも、尻尾、たくさん……」

「別にそれまで居残ってくれても良いんですよ? その頃にはきっと、祐須罹那の尻尾も五、六本にはなってるでしょうし」

「うっ……モフモフがいっぱい……でもそのために追加で七〇〇年……」

 長いよね?

 長すぎるよね?

「本体ですからね。尻尾の毛並みにはわたし以上ですよ?」

「うっ」

「こちらに何年いたところで、帰るのは同じ時ですし」

「ううっ……保留で」

「はい、先は長いですからね。のんびり考えてください」

 悩んで答えたわたしに、宇迦はふふふと微笑んだ。

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