3-03 秋の恵み (1)
のんびりできるかは知らない、などと言われてしまったわたしだったけれど、そこはさすがの宇迦さん。
『紫さんは頑張ってくれたので、こちらの準備が終わるまで、のんびりしていて良いですよ』と優しいお言葉を掛けてくださった。
なのでわたしは、裏庭の畑で作物を収穫をしたり、澪璃さんとともに山に分け入って各種果物や木の実、茸を採取したりして、存分に秋を堪能していた。
畑はわたしの【農業】スキルと高性能な肥料のおかげで豊作だし、人の入ることのない神域では、山の幸も競争相手は野生動物のみ。
広い山の中を歩き回れば、三人で食べるに十分な量の収穫を得ることも、さして難しくはなかった。
――ただし、何の不満もないかと言えば、そんなことはなく。
「う~ん、木の実と茸は美味しいんだけど、果物は微妙だね~」
胡桃や栗、名前はよく知らないけど澪璃さんが集めてくれた木の実なんかは、塩で軽く炒るだけでおやつになるし、茸はスーパーで買う物よりも香り豊かで、茸ご飯にしたり、魚と一緒にソテーしたりと、美味しく頂けた。
でも、それに比べて果物はイマイチ。
サイズが小さく、甘みが少なく、渋みがあったり、種が大きくて食べにくかったり。
こればっかりは日本のお店に並んでいる物とは、まったく比較にもならない。
ひじょーに残念なことに。
究極のオーガニックなんだけどね?
「神域だから天上の果実が、みたいな都合の良いことはないんだね、うん」
「そうですかぁ? 十分美味しいですよぅ?」
宇迦はお祭りに向けてのお仕事中なので、わたしのお供は澪璃さん。
わたしより経験豊富な彼女のアドバイスは、山の幸を得るのにとても役に立っているけれど、それでも採れるのは山に自生している物でしかない。
一応、採取系のスキルもあるけれど、さすがにそれで、『収穫した物が美味しくなる』といった効果はないみたいなんだよね。
「いや、野生種としてはそれなりなんだと思うけど、美味しい物を知ってると……折角だし、一つ食べてみる?」
論より証拠と、澪璃さんにストレージに入っていた桃を一つ差し出すと、彼女は目を丸くしてそれを受け取り、鼻を近づけてうっとりと目を細めた。
「なんと馥郁たる香り……それに、すっごく大きいですよぅ」
今回取り出したのは、ゲーム中では町中のお店や市場で普通に買えた、ごく普通の桃。
ストレージの中には特殊な場所でしか得られなかった
こちらの桃でもスーパーで買った桃――それも当たり物ぐらいには美味しいしね。
「匂いだけじゃなく、食べてみて?」
「良いんですかぁ? ……じゃあ、頂きます」
つるりと皮を剥いた澪璃さんは、瑞々しい果肉にゴクリと唾を飲む。
そうして、そこから立ち上る香りに再び目を細めると、ゆっくりと齧り付き、直後、大きく目を見開いた。
「――っ!! すっごく、すっごく、甘いですよぅ。これ、桃ですかぁ?」
「でしょ? これも桃なんだよね、この辺では手に入らないけど」
山に自生している桃って、大きさはスモモぐらいで、味の方も甘さよりも酸味の方が強く、そのまま齧ると『くぃぃぃぃ!』ってなるような味だから。
そして、他の果物も似たような感じ。
一番マシだったのは、柿かな?
――渋を抜けば、の条件付きで。
渋を抜かなければ、一番酷い。思わず治癒魔法を使ってしまったほどに。
「確かにこれと比べると、山で採った果物は美味しくないですよぅ」
「だよね? これが基準だと、厳しいよね?」
「もっと食べたいですよぅ」
桃をペロリと完食した澪璃さんは、名残惜しげに果汁の付いた指を舐める。
わたしや宇迦と比べて大人っぽい外見の澪璃さん。その仕草は妙に色っぽいけど、口にしているのは微妙に残念な台詞である。
けど、その気持ちはよく判る。
わたしも同じだから!
「う~ん、まだそれなりには残ってるけど、限りはあるし……果樹園でも作ろうかな?」
「お手伝いしますよぅ!!」
桃が気に入ったのか、とても力強い言葉。
一人だけでやるのならさすがに面倒だけど、澪璃さんが手伝ってくれるなら、作らない理由はない。一緒にやれば、果樹園作りもまた楽しそうだし。
「それじゃ、宇迦に許可を取りに行こうか。いろんな果物、食べたいしね」
「楽しみですよぅ~」
わたしはニコニコと嬉しそうな澪璃さんと共に、宇迦の元へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「果樹園を作りたい、ですか?」
「うん。ダメかな? 自生してる果樹って、あんまり美味しい実が生らないから」
「宇迦様、お願いしますよぅ」
「澪璃もですか? 鎮守の杜が果樹の杜になるのは困るんですが……」
少し困ったように、眉尻を下げる宇迦。
うん、それは解る。
鎮守の杜って、神秘さが重要だもんね。
樹齢何百年って木がたくさん生えていて、深山幽谷って感じじゃないと神域っぽくない。
もちろん果樹だって、数百年生き続けるものもあるけれど、実を採ることを目的とするならあまり樹高を高くする意味はないし、適度に新しい木に更新していった方が収穫も多い。
そして、そんな木が増えてしまえば、神域の雰囲気は台無しである。
でもわたしには、秘密兵器があるのだ!
「ふっふっふ、これを食べても同じことが言えるかな? ストレージの果物の美味しさは宇迦も知ってると思うけど、数が少ない物はまだ出してないんだよね」
先ほどは自重した蟠桃。
ここで使わずしてなんとする?
――ということで、ストレージから取り出してみる。
ただそれだけで、周囲にはなんとも言えない芳しい香りが漂い、宇迦と澪璃さんの視線が蟠桃に集中、更に刃物を入れて切り分ければ、爽やかで甘い匂いが弾けた。
誰のものか、「ゴクリ」と唾を飲む音が響く。
いや、これはわたしも予想外。
蟠桃だけに、普通の桃とは違うと思っていたけど、想像以上かも……。
――これを食べたら、普通の桃じゃ満足できなくなるんじゃ?
そんな思いを抱きつつ、わたしは溢れる唾を飲み込んで、蟠桃を一切れずつ宇迦と澪璃さんに差し出した。
とんでもない貴重品を受け取るように――事実貴重品だけど――桃を受け取った二人と顔を見合わせ、そろってパクリ。
「「「………」」」
揃って無言になるわたしたち。
蟠桃を口に入れた途端、甘い匂いに加えて花のような華やかな香りが鼻に抜けると同時に、とろりと蕩けた果肉が喉へと流れ落ちる。
安っぽい喩えかもしれないけれど、とても甘いながらも爽やかなネクターのよう。
――いや、ある意味正しいのかも?
ネクターの語源はギリシア神話の
勿論飲んだことはないけれど、正にそんな感じの代物。
宇迦たちに目を向けると――二人してぼんやりと視線を宙に向け、口は半開き。瞳は潤み、頬は赤く染まって……なんか人様には見せられない表情になっていた。
「……宇迦? 澪璃さん?」
「「……はっ!?」
わたしが声を掛けると、二人は慌てたように表情を取り繕う。
そして宇迦は、誤魔化すように「こほん」と咳払い。
「そうですね、全部果樹というのは困りますけど、多少生えている木の種類が変わったところで、大した問題じゃないですね。むしろ、神域に果樹園があるのは当然かもしれません」
「そうですよぅ。こんな果樹があるなんて、正に神域ですよぅ」
ニコリと笑顔になった宇迦に追随するように、澪璃さんもコクコク頷く。
――ふふっ、計画通り。
まぁ、蟠桃の種を植えたとして、食べられるほどに育つのか不明なんだけど。
伝説通りなら、蟠桃は三種類。
それぞれ、結実する間隔が三〇〇〇年、六〇〇〇年、九〇〇〇年である。
わたしの持っている蟠桃がこのいずれかは判らないけれど、早くても植えてから三〇〇〇年後、最悪なら九〇〇〇年後にならないと食べられない。
もしかすると、わたしの【農業】スキルや特別な肥料を使うことで短縮できるかもしれないけれど、蟠桃は普通の果物じゃなくて仙桃だからねぇ。
やっぱり、そう単純じゃないんじゃないかな?
まぁ、ゲーム由来なので、そこまで細かく設定されてない可能性もあるけど、食べられなかったら泣けるので、当然他の果物も植える。
蟠桃ほど特別ではないけれど、自生している物とは比較にならないほど美味しいからね。
「しかしそうなると、しっかりとした結界を作らないといけませんね。神域は悪霊を弾きますが、普通の人間なら入れますし、野生動物も生息していますから」
むむむっ、と唸る宇迦に同意するように、澪璃さんが真剣な表情で頷く。
「当然ですよぅ。侵入者には死を、ですよぅ」
「えっ? い、いや……」
「澪璃、殺しちゃダメですよ?」
一見穏やかなそうながら、怖い笑みを浮かべた澪璃さんを宇迦が窘める。
「うん! うん!」
泥棒を捕まえるのは当然だけど、窃盗未遂で死刑はちょっと厳罰すぎるよ?
初回は注意するぐらいでも――
「折角の侵入者、一〇〇年ぐらい異界で
「待って!?」
ある意味、澪璃さんの案より不穏だっ!
しかも、そんな意味不明な力が注がれた果物なんて、わたし食べたくないよ!?
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