3-04 秋の恵み (2)

 だがしかし、宇迦は制止したわたしを見て、可愛く首を傾げた。

「――? 何か問題がありましたか?」

「大あり! 侵入者は追い返すとか、動けなくするとか、そんな穏当な対処で良くないかな!?」

「え、でも、果樹園は神域のかなり奥に作るつもりなんですが……。そんな所にまで進入している時点で、情状酌量の余地はないかと?」

「ですよぅ。そもそも無断で神域に入ること自体、祐須罹那様に対する敵対行為ですよぅ」

 二人揃って不思議そうな宇迦と澪璃さん。

 でもわたしは、断固として首を振る。

「それでも! 死体が埋まっている果樹園なんて、嫌すぎるから!」

「大丈夫ですよ。跡形もなく処理しますし」

「気分的な問題!!」

「でも死体なんて、普通に転がっているものですけどねぇ」

 山で死ぬ野生動物は数限りなく。

 宇迦たちからすれば、その死体も侵入者の死体も大した違いはないらしい。

 解らなくはないけれど、これでもわたしは人間――の、はず。

 やっぱり人の死体は特別と感じてしまう。

 う~む、こんなところで神と人、認識の違いを認識することになろうとは!

「ですが、紫さんが気になるのであれば、命までは奪わないようにしますね」

「うん、お願い。そうして」

「その代わり御山の結界を強化して、そこで侵入を阻止しましょうか」

「だね! それが良いよ! 村の子供たちが間違って迷い込む心配もなくなるし」

 今のところ、子供たちは決まりを守って境内だけで遊んでいるけれど、今後、やんちゃな子が出てこないとも限らない。

 危険な場所でも遊びに行きたくなるのが子供だから。

 言いつけを破って山に入ったら即死亡とか、ちょっと怖すぎる。

 とはいえ、この世界の場合、そういうのが普通にあるんだよねぇ……。

 だって、普通に神霊が存在するワケだし?

 元の世界の自治体のように、ご丁寧にも柵を作って『進入禁止』とでも書いてあれば良いけれど、質の悪い神霊は逆に誘い込もうとするぐらい。

 ちょっとした〝やんちゃ〟が死に直結しかねないのだから、身近な場所で死にそうな目に遭うことも必要なのかもしれない。

 超越的存在の怖さを理解させるためにも。

「……うん、そうだね。死なない程度でお願いします」

「おや? 少しトーンダウンですか?」

 断固反対からの方針転換を不思議に思ったのか、ぱちぱちと目を瞬かせた宇迦にわたしは頷く。

「子供だし、守ってあげるべきかと思ったんだけど、将来的なことを考えたら怖さを実感するのも必要かなって、ちょっと考えを変えました。わたしの常識とは違うわけだから」

「あぁ、紫さんの所は子供を大事にしますよね。こちらは適者生存というのか、弱肉強食というのか……弱い者を守り続けられるほどの余裕はないですから、ある程度亡くなるのは織り込み済みですけど」

「強く賢い物が生き残る。当然ですよぅ」

「そう、みたいだよねぇ……」

 現代を生きていたわたしにはシビアな考え方だけど、実際に接してみた感じ、子供たちもそれを理解しているだよね。

 死がとても身近というか……。

 馬鹿なことをして親に叱られるなら幸い。

 叱られることもできず、死んでしまった実例なんかも目にしているんじゃないかな?

 だからこそ無茶をしないし、聞き分けも良いんだと思う。

「でも紫様、そんなに気にしなくても良いと思いますよぅ」

「そうなの? 澪璃さん。案外危ない神霊なんていなかったり――」

「多少気を付けたところで、悪霊に出会えばあっさり殺されますし、危険な神なら相手の気分次第ですよぅ」

「もっとヤバかった!?」

 それはつまり、多少危険を避けることを学んだところで意味がないと?

「澪璃の論は極端ですが……ですが私も、気にしなくて良いとは思いますよ?」

「……宇迦、更に怖いことを言うつもりかな?」

 警戒するわたしに、宇迦は苦笑して手をぱたぱたと振る。

「いえいえ。単にウチの境内で遊ぶような子供たちが、祐須罹那の領域の外に出ることなんてほぼないので、問題ないですよ、と」

「……あぁ、それはそっか」

 基本的に生活圏が同じ村の中で完結している上に、祐須罹那様の領域はかなり広い。

 交流があってもせいぜい隣の村程度で、遠くに出かけることなんてまずない。

「交易なんて、行われてないみたいだしねぇ」

「はい。余所の神霊でも攻め込んでくれば別ですけど、そんなこと、そうそう起こりませんからね」

「そっか。なら安心――と言いたいところだけど、そういうのをフラグと言うんだよね、わたしの世界では」

 噂をすれば影がさす、ではないけれど、こんな世界では言霊とかも否定できない。

 迂闊なことを口に出すのはちょっと、と言うわたしを、宇迦は笑う。

「ふふふっ、考えすぎですよ。以前ならまだしも、今の祐須罹那は、紫さんのおかげである程度は力を取り戻していますからね。攻めてくるのは考えなしぐらいです」

「………」

 その考えなしがいないか不安なんだけど……。

 でも、それを口に出すと本当に来そうだから、わたしは口を噤む。

「さて。それじゃ、早速果樹園を作る場所に行ってみましょうか! 案外良さそうな場所があるんですよ」

「あ、いやいや、良いから! 場所だけ教えてくれたら、わたしと澪璃さんで行くから!」

「ですよぅ。宇迦様にはお祭りの準備があります。わっちたちにお任せくださいよぅ」

「……そうですか? なら場所だけ――」

 宇迦は少し残念そうに、一度上げかけてた腰を下ろすと、紙を一枚取り出して、サラサラと地図を描き始めた。


    ◇    ◇    ◇


 宇迦が指定したのは、神社から数キロほど離れた場所だった。

 南向きで陽当たり良好な土地ながら、一方は崖になっていて進入経路は限られる。

 その道も非常に狭く――いや、はっきり言えば道と表現できるような物ではなく、足を踏み外せば良くて大怪我、下手をすれば命を落としかねない。

 わたしたちのような人外ならともかく、普通の人間にとっては確実に命懸けであり、今回の目的には非常に適した場所と言っても過言ではないだろう。

「なんというか……もう、結界なんて必要ないんじゃないかな? これ」

 やや呆れ気味にわたしが呟けば、澪璃さんはとんでもないと首を振る。

「紫様、空からは丸見えですよぅ」

「いや、それはそうだけど……必要? 空の警戒」

 鳥とかは来るかもしれないけど、それは鳥除けの網でも張っておけば十分。

 手間のかかる結界を、わざわざ張る必要性があるとは思えないけど。

「必要ですよぅ。空を飛ぶなんて、初歩ですよぅ」

「……あぁ、神霊とか、そのへんに対して」

 よく考えたら、わたしも空を飛べたや。

 空をふよふよ飛んでいて美味しそうな果物が見えたら……うん、ふらふらと吸い寄せられるかもしれない。

 わたしには倫理観があるので、誰かが育てているものに手を出したりはしないけどね?

「わっちなら、あの果物のためなら多少の危険は冒しますよぅ。……勿論、紫様や祐須罹那様を知らなければですけど」

「わたしの存在が抑止力なんだ?」

「特にあの蟠桃は危険ですよぅ。神をも滅ぼす勢いですよぅ」

「それほどですか……」

 おっとりした口調で、でも真剣な表情で言われてしまった。

 でもわたしは、果物泥棒ぐらいで命まで奪うつもりは――いや、三〇〇〇年間手塩に掛けて、やっと実った果実を奪われたら、普通にっちゃうか。

 他の果物なら、強制労働ぐらいで許してあげるにしても。

 作物泥棒は、農家の皆さんの苦労を知るべき。

「確かに蟠桃は、一度食べたら忘れられない味ではあったよね」

「はい。目の前にあったら、つい手が出ちゃいますよぅ。でも、死んでしまったら食べられないので、我慢しますよぅ」

「いや、澪璃さんなら別に採っても良いからね?」

「感謝しますよぅ。頑張って果樹園を作りますよぅ」


 その言葉通り、澪璃さんは大活躍だった。

 おっとりお姉さんの澪璃さんも、元の姿に戻れば巨大な蛟。

 その巨体からすれば、この辺りに生えているそれなりに大きな立木も雑草のようなもの。

 尻尾で掴んで、むしり、むしりと引っこ抜く。

 そんなわけで、普通ならば非常に苦労するであろう抜根をするまでもなく、短期間で広いスペースを造り上げてくれた。

 その後は、【農業】スキルのあるわたしの出番。

 ゆっくりと果樹に適した土作りを行いながら、澪璃さんと一緒に結界の構想を練っていく。

 野生動物の侵入を防ぐのは当然として、折角なら害虫の発生も抑制したい。

 でも、果樹園であるから蜜蜂の存在は不可欠。

 それを両立するのは難しそうだけど、どうせ植え付けができるのは来年の春。

 特にやることのない冬の間に、こたつでのんびりしながら最適な結界を考えるつもり。

 ちなみに、外敵に対応する結界はまた別。

 それは宇迦の担当だから、どんな物騒な物になるかは彼女次第。

 わたしは言われるままに作業するだけで、結果には関知しない。精神衛生上。

 でもそれも、春になっての話。

 今はただ、果物の種を採取すべく、三人でストレージの果物を楽しむのみ。


 ――わたしたちの元に招かざる客が訪れたのは、そんな頃だった。

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異世界神社の管理人 いつきみずほ @ItsukiMizuho

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